滋賀医科大学 分子診断病理学部門

潜在性心筋梗塞による脳梗塞とともに肺炎が遷延化し呼吸不全により死亡した症例

公立甲賀病院 初期臨床研修医:谷本 匡浩
同内科:小山 哲朗南部 卓三
同検査部:山本 昌弘
滋賀医科大学病理学講座
疾患制御病理学部門:石垣 宏仁
分子診断病理学部門:杉原 洋行

English

A case died of respiratory failure due to intractable pneumonia associated with latent myocardial infarction and cardiogenic cerebral infarction

Masahiro Tanimoto (1), Tetsuro Koyama (2), Takuzo Nambu (2), Masahiro Yamamoto (3), Hirohito Ishigaki (4), Hiroyuki Sugihara (5)

1) Junior resident, Kohka Public Hospital
2) Department of Internal Medicine, Kohka Public Hospital
3) Central Clinical Laboratory, Kohka Public Hospital
4) Division of Pathology and Disease Regulation, Department of Pathology, Shiga University of Medical Science
5) Division of Molecular and Diagnostic Pathology, Department of Pathology, Shiga University of Medical Science

要旨

大腸癌の既往のある80歳代後半の男性で、39℃台の発熱で発症。本院に救急搬送され、CTで膀胱の著明な拡大と両側水腎症、肺陰影を認めたが、呼吸器症状は無かった。入院後、PSA高値から前立腺癌による尿閉による腎不全と診断され、尿道カテーテル挿入により腎不全は急速に改善した。一方、発熱や炎症所見は軽快せず、入院後に呼吸器症状が増悪、経過中に酸素飽和度の低下を伴う意識障害を発症(JCS200)、CTで右大脳半球の脳梗塞と判明した。意識障害が遷延し、抗菌薬への反応が悪く、徐々に呼吸不全に至り死亡された。病理解剖では、左冠動脈前下行枝の比較的末梢に血栓性閉塞、下壁から前壁中隔に亜急性および新鮮梗塞と、それに伴う器質化した心腔内壁在血栓が見られ、脳塞栓の原因と推定された。肺は、肺線維症、虚脱、器質化肺炎の像が入り混じっていたが、活動性の炎症は肺実質ではほとんど消失し、拡張した細気管支に残存していた。

English

A male in his late eighties, with a past history of large intestinal cancer, had a fever of 39-40°C at onset. On emergency admission in our hospital, abdominal CT disclosed marked dilatation of urinary bladder, bilateral hydronephrosis and chest shadows, though respiratory symptoms were scarce. After admission, a diagnosis of renal failure due to urinary retention by a prostatic cancer was made because of high PSA level. The renal failure was rapidly improved by urethral catheter insertion, whereas fever and inflammatory signs sustained. Respiratory symptoms were worsened associated with onset of impaired consciousness (JCS200) and reduction in oxygen saturation, when a cerebral infarct of right hemisphere was detected by CT. The patient died of gradual respiratory failure with poor response to antibiotic therapies and continued loss of consciousness. Autopsy revealed thrombotic occlusion at a distal part of the left anterior descending coronary artery and acute and subacute myocardial infarcts associated with organizing mural thrombi in the inferior and anteroseptal regions of left ventricle, which were inferred to cause cerebral infarction. Lungs showed a mixture of pulmonary fibrosis, collapse and organizing pneumonia. Active inflammation had been subsided except in lumina of bronchioles.

はじめに

本院では、病理解剖症例の臨床経過と病理所見の両面を詳細に振り返り、CPCで発表する機会が初期研修医全員に与えられている。今回は尿閉の原因探索から始まり、肺病変の増悪が致命的となった症例を取り上げた。病態の臨床的な推定が容易ではなかったが、経過中の強い意識障害の出現や肺病変の増悪の背景に潜在していた病態が、病理解剖により明らかになった興味深い症例である。病理解剖は終末像から振り返るので、経過中に出現した病態の全てが形態的に確認できるわけではない。ここに示すのは、病理所見から振り返って、何が起こっていたのかについてどのように推論を進めたかのプロセスであり、分かったことだけでなく、分からなかったことも示したい。

臨床経過

症例は80歳代後半の男性。某年8月初旬より発熱、全身倦怠感、食思不振が出現した。数日で39℃となったため救急要請し、当院搬送となった。既往歴として、16年前に直腸癌と診断され、切除術後人工肛門を造設された。家族歴に特記すべき事はなかった。来院時の体温は39.2℃、血圧は160/88mmHg、脈拍は84/分、整、呼吸数は16/分、SpO2 95% (自発呼吸, 経鼻酸素2L/分吸入下)、LevineⅢ/Ⅳの汎収縮期雑音を聴取した。呼吸音に明らかな異常はなかった。腹部単純CTで膀胱の著明な拡大と両側水腎症を認め(図1A)、胸部CTでは、中葉・舌区および両側下葉(中下肺野)の末梢領域を中心に小結節が散在性に多数みられ、左下葉は肺炎様であった(図1B)が、呼吸苦や咳嗽など呼吸器症状は無かった。来院時の血液検査所見を表1に示す。心電図は、normal sinus rhythm、1°のAVブロック、完全右脚ブロック、左室肥大の所見であった(図2)。以上から腎後性腎不全、尿路感染症、肺炎の疑いにて即日入院となり、抗菌薬による保存的治療(セフトリアキソン 2 g/day点滴静注)を開始し、血液培養・尿培養を行った。(喀痰培養は痰喀出できなかったため施行できなかった。)

表1 入院時血液検査所見
図1 入院時の腹部単純CT (A)と胸部CT(B)
図2 入院時心電図。

救急外来での尿道バルーンカテーテル挿入により、入院後より尿量3600 mL/dayとなり、腎機能も改善した(BUN/Creは第2病日21.6/1.53 mg/dL、第4病日には11.0/0.70 mg/dLと正常化した)が、発熱は持続し、WBC/CRPも第2病日11400/13.33、第4病日には9800/11.74と持続、漸増が続き、第7病日には抗菌薬をピペラシリン、タゾバクタム合剤に変更しても、第11病日にはWBC 11000/μL、CRP 20.07 mg/dLとなり、発熱も持続していた。この間、入院時CTで前立腺腫大、第2病日にPSA 858.2 ng/mLが判明し、前立腺癌による尿閉と診断、第3病日に前立腺癌加療のため泌尿器科へ転科した。第7病日に来院時の血液培養がStaphylococcus aureus(MSSA)陽性と判明した。第8病日に胸部単純X線で両側広範囲のすりガラス陰影が見られ(図3)、第10病日から呼吸苦が出現。同日の胸部CTで両肺びまん性陰影両側胸水からARDSが疑われた(図4)。夕刻より呼吸状態は急速に悪化したため、敗血症から二次性のARDSを起こしたものと考え、抗菌薬をメロペネム、アシスロマイシンに変更し、免疫グロブリン投与、ステロイドパルスを開始、第11病日に内科へ転科した。

図3 第8病日の胸部単純X線写真
図4 第10病日の胸部CT

転科時、意識は清明、体温36.0℃、SpO2 95-98%(リザーバーマスクで酸素2L/分吸入下)、血圧104/71 mmHg、肺の聴診では左優位にcoarse crackleを認めた。処置の変更でも呼吸状態は改善せず、転科翌日よりMRSA肺炎の可能性も考えて、バンコマイシンを追加したが、なお呼吸状態が悪化し、同日夜にSpO2が60-70%台に低下し、第13病日には意識レベルの低下(JCS 200)が見られた。第14病日の胸部単純X線で心拡大と胸水および両側広範囲の浸潤影が見られた(図5)。第15病日より徐々に呼吸状態が改善し、第16病日のCTRは50%強に回復、第17病日には1L/分の酸素マスク下でSpO2が97-98%まで改善した。第18病日には頭部CTでは右MCA領域に広範囲にlow density area (LDA)を認めた(図6)。この状態の悪化のエピソードにやや遅れて、DICが第18病日に一過性に捉えられている。第14病日でもFDP/D-dimerが53.3/60.6 μg/mLと高かったが、血小板30.4 x104/μL、フィブリノゲン253 mg/dLは正常であった。第18病日にFDP/D-dimerが150.7/89.7と更に高値を示すとともに、血小板7.4 x104/μL、フィブリノゲン58 mg/dLと低下し、DICのパターンとなったが、第32病日にはこの低下は見られず、FDP/D-dimerも57.1/42.6 μg/mLと第14病日の値にほぼ戻っていた。間質性肺炎や血管炎の可能性を考慮し、各種自己抗体、ANCA、KL-6を測定したがすべて陰性または正常範囲内であった。喀痰培養でStenotrophomonas maltophiliaが検出され、その感受性検査結果を踏まえて、第18病日よりシプロフロキサシンへ変更、第28病日にβ-D-グルカンの上昇(13.6 pg/mL)が検出され真菌性肺炎の可能性を考慮してホスフルコナゾールを追加、第34病日にはステロイドパルスも追加したが、呼吸不全が進行し、第36病日に死亡を確認した。

図5 第14病日の胸部単純X線写真
図6 第18病日の頭部CT

病理解剖所見

病理解剖は死後1時間30分で施行され、開頭は許可を得られなかった。有意な腹水は認めず、胸水は左/右それぞれ420/550 mLで黄色、混濁していた。

前立腺の腫瘍は低~中分化腺癌(Gleason score: 5+4)で、左葉を中心に径約5cmの腫瘤を形成し、壊死巣も少なくなかった。周囲のリンパ管や静脈をしばしば侵襲し、精嚢にも及んでいた。転移は右副腎に最大径2 cmの転移、肺の中葉、両側下葉に、径1-2 mmの転移が多発性に見られた(図7B)。

腎臓は左/右:150/125 gで、水腎症、腎盂腎炎は認めず、皮髄境界明瞭で、ミクロで髄質のうっ血を認め、最後に急性循環不全の状態であったと考えられる。また、膀胱や腎盂の粘膜にも炎症は見られなかった。

肺重量は左445 g、右530 g、外観は暗赤色であり肺うっ血の所見を呈していた(図7A)。貯留胸水は左420 mL、右550 mLでいずれも黄色混濁であった。両肺ともにうっ血、肺線維症(図7C)、器質化肺炎(図7D)、虚脱、急性細気管支炎(図7E)の像が混在していた。好中球を主体とした活動性の炎症は、肺実質ではほとんど消失しており、肺胞内線維化を示す器質化肺炎の像がしばしば見られた。下葉では、肺胞構造の線維化による置換が強く、長期にわたる肺障害が示唆される所見であった。硝子膜は見られなかった。

図7 肺の所見
A 肺の固定後マクロ像
B 右下葉。前立腺癌の肺転移巣。
C 右下葉。肺線維症。肺胞構造が消失し、線維性肉芽組織に置換され、残存した細気管支が拡張している。
D 右中葉。器質化肺炎。
E 左下葉。化膿性細気管支炎。拡張した細気管支内への好中球の集簇を認める。

心臓は重量395g、心嚢液は少量、淡黄色であった。前下行枝の比較的末梢(#8)に血栓性閉塞を認め、右冠動脈の末梢(#3)にもプラーク内出血を伴う狭窄が見られた(図8)。#8の血栓は石灰化した壁に付着しておらず、赤血に富む赤色血栓であることから、プラーク破綻の下流側であるが、破綻した出血性プラークの一部が壁に含まれている(図8B矢印)。左心室のマクロでは、心室中隔および前壁、下壁に出血を伴う心筋壊死像を認めた(図9A)。下壁近傍の梗塞部は、壊死心筋の処理が進んだことによって、壁がやや菲薄化し、側壁が代償性に肥大していた。その菲薄化した部分に壁在血栓が付着していた(図9B)。ミクロでは、亜急性および急性の2段階の心筋の壊死とその処理過程が識別できた(図9C)。亜急性の病変は左室後壁にも見られ、右冠動脈(#3)の狭窄に対応していると考えられた。

心筋の壊死にいたる時間経過と壊死の処理から瘢痕にいたる時間経過は一般的には次のようにいわれている1)。形態的に凝固壊死が認識できるのは18-24時間後であり、その後72時間までは好中球浸潤が見られ、好中球によって破壊された液状化した細胞の崩壊産物は4~7日目にマクロファージが処理する。7日から10日で肉芽組織に置き換わり、更に膠原線維からなる瘢痕に変わるのに細胞死後約1ヶ月かかる。この症例の亜急性の部分は肉芽組織による置換がほぼ完了しているが、まだ膠原線維は乏しいので、細胞死後約2~3週間と考えられる。急性の部分の壊死は完成しているものの、好中球浸潤が見られないので、細胞死後1日程度と考えられる。

肝臓/脾臓は955/85 gで、軽度のうっ血のみ。ミクロでは肝に小葉中心性のうっ血と小滴性脂肪変性が見られた。

図8 冠動脈の所見
A 冠動脈病変のマッピング
B  LAD #8。冠動脈壁の石灰化プラーク、それに隣接する破綻した出血性プラークの一部(矢印)と血栓性閉塞
C 血栓の強拡大。血栓の器質化(矢印)と溶血した赤血球を貪食するマクロファージ(矢尻)。
図9 心筋のマクロ及びミクロ所見
A 固定前の心筋のマクロ像。心尖部前壁から中隔に梗塞がある(矢印)
B 梗塞のマッピング。点線で囲まれた部位が梗塞部。濃いピンク:新鮮梗塞、薄いピンク:亜急性梗塞。矢印は壁在血栓。
C 左室内壁在器質化血栓の付着部。Nは心筋の凝固壊死、Tは器質化した壁在血栓、Gは梗塞巣の肉芽組織。

考察

剖検所見から、前立腺癌は、無治療の転移性の進行期にあり、壊死が目立ち、広範な脈管侵襲を伴っていた。前立腺癌が、経過中存続した凝固・線溶系の亢進の原因になった可能性がある。また、経過中出現したARDS様の病変は、前立腺がんに伴うDICによるものであったかもしれない。他にDICの原因となる可能性のある敗血症については、微小膿瘍など、それを示す所見は剖検時には見られなかった。敗血症が存在していたとしても治癒していた可能性が高い。

まず、剖検で明らかになった心筋梗塞について、その発症時期、原因について考えてみる。左心室の中隔から前壁、下壁にかけて存在した梗塞巣に接して、器質化過程にある(血管および線維芽細胞がフィブリン内に侵入した)壁在血栓が見られた。壁在血栓は、前壁から心尖部の比較的大きな梗塞(特に心室瘤を形成するもの)に伴うと報告されており、今回は心室瘤の形成はないものの、壁の菲薄化が見られ、部位的にも合致する。この部位は心血流の乱れが強いところであり、血栓ができやすいといわれている2)。また、血栓のできる時期は、心筋梗塞後、2週間以内(medianは5-6日)と言われており2) 、24時間以内にできるものは、その27%であるという報告もある3)。抗凝固治療を行なわなかった場合、塞栓症のリスクは10-15%、発症はほとんど3-4か月以内といわれている2)。

器質化過程において、この血栓内のフィブリンはまだ吸収されておらず、このような像を呈するのに1~4週間かかったと考えられる。呼吸苦から意識障害に至る第10~13病日のエピソードは死亡の約3週間前であったので、血栓が形成されたのはこのエピソードの時と考えて矛盾しない。実際、FDPとD-dimerはもともと高かったが、このエピソードの直後に更に高値を示した。これは血栓形成の直後に線溶系が反応したものと理解できる。この時間経過は、心筋梗塞巣の組織を評価して推定される梗塞の経過時間ともほぼ一致する。漿膜下から内膜下まで、ほぼランダムに点在する梗塞巣は、壊死心筋がほぼ消失し、ほとんど(ヘモシデリンを貪食したマクロファージを含む)肉芽組織に置換されていた。そして器質化血栓に接していたのは、このような肉芽組織であった(図9C)。この亜急性の梗塞巣の一部に、(凝固壊死は完成しているが、好中球反応もまだ起こっていない)新鮮な梗塞(心筋細胞の死後1~2日)も見られた。これは、一回目の梗塞で生き残った心筋が、おそらく死亡前日に増悪した低酸素血症により、壊死に至ったと考えられる。最後に比較的急に低酸素血症または循環不全があったことは、肝の小葉中心性のmicrovesicularな脂肪変性や腎の血流再分布の存在からも裏付けられる。

左前下行枝の比較的末梢(#8)に見られたプラークの破綻部を閉塞している血栓は、フィブリンが一部器質化し、赤血球の溶血と泡沫マクロファージによる溶血した血球の貪食像が見られる(図8C)。つまり、この血栓は、壁在血栓の器質化や心筋梗塞の処理過程と同じくらい古いことから、これこそが、梗塞の原因であった可能性が高く、臨床経過中に認めた脳梗塞の原因が心原性の脳塞栓であることを示唆している。

これらの梗塞は、臨床的にはサイレントであった。心筋梗塞であった人の発症症状については、約1/3(高齢者の女性で糖尿病患者が多い)が胸痛を訴えず、呼吸困難や嘔気・嘔吐、失神などのみを訴えていたという報告もある4)。入院時の心電図検査を見直すと、T波の逆転が一部に見られたが、典型的な心筋梗塞の所見ではなかった。そのため、入院経過中も心臓機能に関する積極的な検査は行なわれていなかった。心電図で所見の無い心筋梗塞はまれではなく、結果的に心筋梗塞であった場合でも、最初の心電図で診断できなかったのが45%という報告もある5)。このように心筋梗塞が潜在性であった原因の一つは、梗塞部位が下壁に主座があったこと、また代償性変化も顕著に起こっていたことから、心不全症状が目立たなかったためと考えられる。しかし逸脱酵素が上昇しなかったのは、不思議である。ST上昇型の梗塞ですぐにreperfusionが起こるタイプはCPKのようなマーカー酵素の上昇が見られないという過去の報告もあるが、マーカーとしてトロポニンを使うと、ST上昇型でも陰性例はほとんどなくなるという6)。今回の症例も、トロポニンを検査しておれば、その上昇が検出できたかもしれない。

この症例でplaque ruptureを起こし、心筋梗塞を起こしたのは、肺の炎症の増悪による(肺からサイトカインに富んだ血液が心臓を環流することによる)二次的なplaque ruptureや広範な肺炎による低酸素血症の結果ではないかと考えられる。実際、第10病日に両側のスリガラス陰影が出現し(この時のCTRは50%強と心拡大はminimal)、ステロイドパルスを開始したにもかかわらず翌日の夜にはSpO2が60-70%に低下し、第13病日には意識障害が来ている。つまり、ARDS様の陰影の出現(による低酸素血症?)をきっかけに、心筋梗塞を発症し、CTRが60%強に増加し、肺水腫により低酸素血症が更に増悪するとともに、引き続き脳塞栓に至ったと推定される。

この症例の直接の死亡原因として考えられるのは呼吸不全である。来院時、間質影(肺線維症)と肺炎様の陰影が両側下葉胸膜下に存在し、それが増悪、遷延化し、器質化肺炎となり、胸水による虚脱も加わり、機能のある肺組織が著しく減少したと考えられる。この徐々に増悪に向かう経過中に2つの可逆的な像が出現していた。一つは、第10病日の呼吸苦に伴い出現した両側のスリガラス陰影であり、これは最終的にはステロイドパルスによって消失し、剖検時には硝子膜は見つからなかったが、上述のように、ARDSが一過性に起こったものと考えられる。もう一つは、第13病日の意識障害の発症に伴う心拡大と肺門部陰影の増強である。上述のように、この時に心筋梗塞を発症し、急激に左心不全が起こったと推定される。

次の問題は、なぜ肺炎が遷延したのか、である。剖検所見からは、感染は抗菌薬による治療でかなり制圧できていたと考えられ、最後まで残っていたのは、急性細気管支炎、器質化肺炎と肺線維症であった。後二者はステロイドパルス等で活動性の炎症を抑えたが故に、マクロファージの機能低下をきたし、液化した炎症性細胞崩壊産物やフィブリンなどの滲出物がうまく処理できず、線維化に至ったことが考えられる。これは炎症制圧の代償ともいえる変化であり、この変化を回避することは現時点では困難といわざるを得ない。広範に見られた急性細気管支炎は、意識障害により口腔内分泌物の誤嚥や喀痰排出困難の増悪によると考えられ、これによる気道閉塞が、残存した肺への換気を低下させ、致命的になったと考えられる。

今回の脳梗塞巣が遷延する意識障害を起こすほどのものであったかどうか、CPCでは議論になった。画像上の変化以上の組織の変化が脳にあったのかどうかは、脳の病理組織検索ができなかったことから、不明のままである。しかし、今回の症例では心臓に壁在血栓が存在することで多発性の脳梗塞も起こりうるため、一時点の画像ではわからない、CT撮影後に病変が付加した可能性は考えておくべきであろう。

まとめ

この症例の最も大きな問題であった、急激な呼吸状態の悪化の原因に、潜在性に発症した下壁に近い前壁中隔梗塞が関わっていたと考えられる。急性心筋梗塞による肺水腫によって肺機能が低下する一方、心腔内壁在血栓形成から心原性の脳梗塞を来たし、意識障害により呼吸状態を更に増悪させたと考えられた。このような難治性肺炎との困難な闘いではあったが、多種の抗菌薬等により、細気管支炎以外の活動性の炎症は一応終息に導くことができたようである。過剰な炎症による組織破壊をステロイドパルス療法で抑えることは必要ではあったが、肺炎の治癒機転を障害し、肺炎を器質化させるジレンマに行き当たったこともまた回避しがたい状況であったと考えられる。

図10 病態のまとめ

文献

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