滋賀医科大学 分子診断病理学部門

呼吸苦を訴えた40歳代女性の突然死の一例

Sudden death of a woman in her 40’s complaining of dyspnea

公立甲賀病院 臨床研修医: 石川 祐一
同内科: 山田 衆, 南部 卓三
同中央検査室: 辻岡 俊幸, 山本 昌弘
滋賀医科大学 病理学講座 分子診断病理学部門:
仲山 貴永, 杉原 洋行

Yuichi Ishikawa 1, Shu Yamada 2, Takuzo Nanbu 2, Toshiyuki Tsujioka 3, Masahiro Yamamoto 3, Takahisa Nakayama 4, Hiroyuki Sugihara 4

1 Junior Resident, Kohka Public Hospital
2 Department of Internal Medicine, Kohka Public Hospital
3 Department of Central Clinical Laboratory, Kohka Public Hospital
4 Department of Pathology, Shiga University of Medical Science

Key words: pulmonary thromboembolism, right ventricular failure, dyspnea

要旨

40歳代女性。某年2月、4日前からの体動時の呼吸困難が増強し、めまい、耳鳴りも出現したため当院外来を受診。中等度の肥満、低血圧、頻脈を認めた。胸部X線写真、心電図で異常を指摘されず、血液検査で軽度の肝機能異常を、尿検査で蛋白・潜血陽性を指摘されたが、心身症の疑いと診断され帰宅。翌日、頭痛と嘔気が出現し当院救急外来を受診。低血圧、頻呼吸があったが、頭部CTで異常を認めず帰宅。翌日の正午頃、めまい、ふらつき、嘔吐のため再び救急外来を受診。来院時は低血圧、低酸素血症を認め入院。翌早朝、呼吸困難症状が強くなり、心肺停止に至る。蘇生術に反応せず死亡された。剖検では、両側肺動脈に多量の新鮮および器質化血栓塞栓を、また肝細胞の小葉中心性壊死と消化管の強いうっ血・出血を認め、右心不全から死に至ったと考えられた。緩徐に増悪した本症例の臨床所見から肺塞栓の診断が可能であったかどうかについて、考察し報告する。

A female patient in her 40’s came to our hospital, complaining of aggravation of exertional dyspnea that appeared 4 days ago with additional dizziness and buzzing. She was moderately obese and showed hypotension and tachycardia. No abnormality was detected in chest radiograph or electrocardiogram. Blood chemistry revealed slight abnormalities in liver function. Urinalysis showed proteinuria and occult hematuria. She was tentatively diagnosed as psychosomatic disorder, and went back home. The next day, she came to the emergency department, complaining of headache and nausea. She showed hypotension and techypnea, but as there were no abnormalities on head computed tomography, she went back home. The next noon, she came to the emergency department again, complaining of dizziness, stagger and vomiting. She showed hypotension and hypoxemia and was admitted into our hospital. The next early morning, her dyspnea aggravated, culminating in cardiopulmonary arrest that was resistant to resuscitation and led to death. Autopsy disclosed considerable fresh and organizing thromboemboli in bilateral pulmonary arteries, centrilobular liver necrosis, and marked congestion and bleeding in the alimentary tract, indicating that she died of right ventricular failure. We discuss and report whether the diagnosis of pulmonary thromboembolism was possible from the insidiously progressive clinical findings of this case.

はじめに

当院のCPC研修では、研修医が症例の臨床経過と病理解剖所見の両方をまとめ、CPCで発表することを通して、臨床と病理の両面から症例を振り返る機会が与えられている。今回の症例は臨床診断の困難であった肺血栓塞栓症である。本症例は剖検で肺血栓塞栓症であることが明らかになったが、初診時から4日目に死亡するまで肺塞栓を積極的に疑うことが困難であった。もともと本症は、身体所見のみから診断することが困難で、胸部不快感、頭痛、失神発作等から中枢神経障害と誤られることも少なくない(1)。それに加えて、今回の血栓塞栓が一度につまったのではなく、循環動態を比較的保ちながら徐々に進行したと考えられることが臨床診断を更に難しくしたと考えられる。肺塞栓の致命率は無治療の場合、約30%と言われており、急性の経過で(典型的には1-2時間で)死に至るというイメージが強い。死亡例のうち、生前に診断がつくのが50%以下であろうと推定されている。剖検で初めて判明する残りの50%以上の中には、本例のような、循環動態を比較的保ちながら再発を繰り返して増悪するものも少なくないと考えられる(2)。CPC当日は、症状、リスクファクター、検査所見、心電図、胸部X線画像を振り返り、同様の症例に遭遇した場合に、いかに対処すべきかについて熱心な議論が続いた。その議論をまとめるとともに、このような診断困難な症例に臨床的に対処するための最近の提案も紹介したい。

臨床経過

症例は40歳代女性。主訴は体動時の呼吸困難、ふらつき、めまい、耳鳴り。既往歴に特記すべきことはない。家族歴に糖尿病、脳卒中がみられたが、詳細は不明。喫煙歴、飲酒歴、アレルギー歴はない。某年2月、咳などの感冒症状があり、体動時の息切れ、眩暈も生じた。2日後には症状が顕著になり、眩暈のため座り込むと、耳鳴りも出現してきた。さらに2日経過しても症状の改善が見られないため、当院外来を受診した。約1年前職種の変更をきっかけとしてストレスが生じ、過食傾向となり、この1年で約10 kg体重が増加したという。また1か月前からさらにストレスが増えたとのこと。初診時の身体所見は身長163 cm、体重 80 kg、BMI:30.11 kg/m2と中等度の肥満。心音、呼吸音は正常。血圧 96/40 mmHg、脈拍:113 回/分、SpO2 96%であった。胸部レントゲン写真を図1に示す。大動脈に明らかな病変を認めず。CTR 50.5%、胸水はなかった。当時の担当医は異常を発見できなかったが、振り返って見ると心尖部はやや挙上し右室負荷を示唆している。左肺野の透過性亢進を認め、左上肺野では肺動脈が途絶。右上肺野の血管もやや虚脱を認める。7年前の心電図(図2A)と今回の初診時の心電図(図2B)とを示す。7年前の心電図には明らかな異常所見は認めない。初診時の心電図については、担当医が循環器内科医師にコンサルトしたが大きな問題はないと判断された。後日の再検討では、初診時の心電図はⅡ、Ⅲ、aVF誘導にて異常Q波を認め、その中でもⅢ誘導は特に深いQ波(図2の矢印)と軽度のT波の陰転化(矢尻)も認めた。さらに、Ⅰ誘導とV2~V6でやや深いS波(矢印)を認め、V1~V5でT波の陰転化(矢尻)がみられ、右室負荷の所見と考えられた。初診時の血液検査(表1A)では肝酵素、胆道系酵素の上昇を認め、血小板の軽度減少、CRPの軽度上昇も認めた。尿検査では蛋白強陽性、潜血陽性、尿比重1.029と脱水が疑われた。心電図異常に対して心エコー検査を、肝機能異常については胆石や脂肪肝の可能性が高いと考え、再診時に腹部エコーでの精査予定とした。尿所見については経過観察が必要と考え、再診時に再検査を行うことにした。以上から、心身症の疑いが強いと判断されて安静を指示され、自宅療養していた。

図1:初診時の胸部X線写真
図2A:7年前の心電図。明らかな異常を認めない。
図2B:今回受診時の心電図。II、III、aVf誘導で深いQ波(右向き矢印)、I誘導とV2~V6に深いS波(左向き矢印)、V1~V5に陰性T波(矢尻)がみられる。
表1A:初診時の血液検査所見

翌日、起床後頭痛と嘔気が出現したため、近医を受診。過換気症候群との診断を受け、点滴と内服薬としてスルピリド(ベンズアミド系抗精神病薬)とパロキセチン(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を処方された。しかしその後も不安感が強いため当院救急外来を受診した。血圧 90/74 mmHg、(脈拍記載なし)、SpO2 97%、体温 36.5 ℃、呼吸数は増加していた。頭痛・嘔気に対し頭部CTを施行したが異常を認めなかった。前日と同様、心身症によるものと診断し、あらためて心療内科専門医による診察が必要であることを説明し、経過観察入院と自宅療養の選択肢を提示したところ、自宅療養を希望され帰宅された。

翌日の正午頃用便中にめまい・ふらつきが出現し、嘔吐も認めたため救急車を要請、救急外来へ搬入された。来院時は血圧 89/50 mmHg、脈拍72 /min、SpO2 87~90%と低酸素血症を認めた。血液検査(表1B)では、肝酵素・胆道系酵素などがさらに上昇し、白血球・CRP・BUN・Creなどの上昇も認めた。2日前のデータに比べ、これらの上昇はCBC、蛋白、脂質のいずれも平行してみられ、脱水の結果と考えられたが、NaとClは低下しており、嘔吐による低張性脱水の状態にあったと考えられる。救急担当医も脱水と判断したが、呼吸苦は過換気症候群によるものと考えた。患者の不安感が強いため入院とし、15時30分輸液にて治療を開始した。肝機能障害に関しては、後日腹部CTでの精査予定とした。翌2時30分呼吸困難の訴えが強くなり、担当医が呼び出されたが、3時心肺停止。心肺蘇生術が施行されたが、蘇生に至らず約5時間後に死亡が確認された。死亡原因究明のため、遺族の同意を得て剖検が行われた。

表1B:2日後の血液検査所見

病理解剖所見

心臓の外観は心尖部が鈍で、心重量は325 gとやや増加し、割面では右室の拡大が顕著であった(図3A)が、その割には右室壁が正常に近い厚さで、右室肥大もあったと考えられた。弁口周径は僧帽弁が10 cmに対し三尖弁が14 cmと拡大し、比較的長期にわたって右心系の負荷があったことを示唆していた。左室は肥大し、両室とも内膜下に中等度の脂肪変性がみられた。
表1B:2日後の血液検査所見
両肺とも重量は正常範囲(左/右:240/260 g)で、うっ血無し。左肺の下葉に胸膜下から肺実質に至る出血を認めた(図3B、C)。左肺動脈の下葉へ向かう主幹部が拡張し、血栓塞栓でほぼ完全に閉塞していた(図4A)。塞栓周囲の肺実質に出血が見られ、気管支周囲に及んでいた。塞栓の一部に線維芽細胞が血管壁から侵入していた(図4B)。これは一週間以上前から存在した器質化血栓であることを示している。塞栓の末梢部では、器質化は塞栓のより深部に食い込み(図4C)、その近傍には処理された赤血球に由良するヘモジデリン沈着がみられ(図4D)、この部分はさらに時間がたっていると推定された。左の上葉にも塞栓があり、軽度の器質化が見られた。右肺にも、一部に器質化を示す大きな血栓塞栓が下葉に向かう肺動脈に見られた(図5A)。いずれの塞栓も1つの大きな血栓ではなく、細長い赤色血栓が折りたたまれ、フィブリンで固められたように見えた(図5B-C)。実際、大静脈や心腔内に血栓は無く、深部静脈に由来すると考えられた。凝血内にフィブリンが層状にみられるところ(図5Bの矢印)は、塞栓が起こった後にそこで新たに形成された血栓と考えられた。右上葉にも血栓塞栓があったが、こちらは器質化がなく1週間以内につまったものと考えられた。肺実質には、虚血による出血とうっ血領域、および虚血によるサーファクタントの欠乏を反映した虚脱領域がモザイク状にみられた。また、肺全体に肺動脈枝のかなりの壁肥厚がみられた(図6)(Heath-Edwards 1-2度)ことから、以前からの肺高血圧が存在し、右室肥大に寄与していた可能性がある。以上の心臓と肺の所見から、一週間以上前から血栓塞栓を繰り返し、肺動脈腔の段階的な狭小化をもたらし、右室負荷から右心不全に至ったと推定される。
図3B,C:肺 B:右肺、C:左肺
図4A:左肺下葉へ向かう主幹部が拡張し、血栓塞栓でほぼ完全に閉塞している。
図4B,C,D:左肺
B:塞栓の末梢部。血管周囲の肺実質の出血が気管支に及ぶ。
C:血栓塞栓の器質化(矢印)。
D:器質化部のヘモシデリン沈着。
図5:右肺
A:下葉に向かう主幹部の血栓塞栓。
B:塞栓の横断面。
C:塞栓は細長い古い血栓(矢尻)と層状の新しい血栓(矢印)からなる。
図6:肺動脈壁の肥厚 RU:右上葉、RL:右下葉、LU:左上葉、LL:左下葉

腎臓は左170 g、右180 gと通常より重く、虚血による尿細管の拡張(水再吸収の低下)が全体に見られた。髄質のうっ血と皮質の貧血がみられ、循環不全による血流再分布と考えられた。皮髄境界部に、急性尿細管壊死が見られ、部分的に再生像も見られたことから、壊死後2日程度経過した像と考えられた。肝臓も重量増加(1400 g)と被膜の緊満を認め、割面ではうっ血と海綿状血管腫が見られた。組織では、脂肪肝ではなく、中心静脈の周囲の出血性壊死が見られ(図7A)、右心不全の結果と考えられた。壊死は完成しており、1日以上前に起こったと考えられる。また、門脈域には胆管を取り巻くような線維化が見られ、胆道系の慢性炎症が存在したと考えられたが、胆石などは無かった。消化管では、胃に強いうっ血、食道、回腸に出血が見られた(図7B)。これらも右心不全によると考えられた。

図7:肝(A)と回腸(B)の組織像
A:小葉中心性の出血性壊死。
B:著明なうっ血と出血がみられる。

病理所見をまとめると(図8)、何らかの原因による肺高血圧と右心負荷が背景にあり、深部静脈血栓から繰り返し肺塞栓が起こって低酸素血症が徐々に悪化するともに右心不全へと進行し、肝の小葉中心性壊死と低拍出性の低血圧、それによる腎障害を招いたと考えられた。心室壁には虚血性変化が来ていたが、肺うっ血が無く、左心不全には至っていなかった。

図8:剖検所見のまとめ

考察

本症例の臨床的な問題は、いずれかの段階で診断でき、救命できる可能性があるかどうかである。肺塞栓を積極的に疑う臨床症状としては、突発性の呼吸困難、呼吸困難の突然の臓悪または突発性の胸痛が挙げられるが(3)、今回の症例では体動時の呼吸困難が徐々に増悪するという非定形的な症状を呈していたため、積極的に肺塞栓の可能性を考えることができなかった。しかし、あらためて経過を振り返ると、受診の4日前からあった咳も肺塞栓によるものであった可能性がある。肺塞栓の自覚症状で最も多い(体動時または安静時の)呼吸困難(73%)、胸痛(66%)に次いで多いのが咳(37%)である(4)。呼吸困難や失神といった症状が大きな塞栓を反映しているのに対し、咳と胸痛は胸膜近くの小塞栓を反映し、初期症状として重要である(5)。他覚症状としては、頻呼吸(>20回/分)(70%)、頻脈(30%)が多い。また、深部静脈血栓が臨床的に明らかなものは11%にとどまると言われている(4)。特に頻呼吸と本例で疑われた過換気症候群との鑑別は重要と思われる。本例の場合、過換気症候群にしては長すぎ、軽快する傾向が無いことに気づき、ペーパーバッグ法で改善をみるかどうかを確認しておれば、肺塞栓や心筋梗塞を疑うこともできたのではないか。眩暈、耳鳴り、頭痛、悪心については、low outputを反映していた可能性があり、低血圧と結び付けて考えることもできたかもしれない。肺塞栓の場合、右心不全の有無は予後に関係する(右心不全があると死亡率が2倍になる(6))とともに、血栓塞栓症の再発の予知因子でもある(右心不全があれば塞栓の再発率が高い(7))ので、肺塞栓の可能性に思い至った場合、予後に予断を許さないことも分かったかもしれない。

肺塞栓のリスクファクター(8)から、その可能性を考えられたかどうか。リスクファクター(表2)の中でこの症例に該当するのは肥満と脱水だけである。リスクファクターが乏しい場合は血栓形成が起こりやすい遺伝的素因がある可能性がある(9)。

表2:肺塞栓症の危険因子強度(内科領域)

次に検査所見から肺塞栓の可能性を考えられたかどうか、再検討してみる。心電図については、Ⅰ誘導で深いS波、Ⅲ誘導で深いQ波を認めたが、右軸偏移とは判定できない。肺塞栓で肺性P波、右軸偏位、右脚ブロック等が見られたのは6%以下で、左軸偏位もまれではないとの報告がある(4)。本症例でもみられたV1~V4の陰性T波は肺塞栓で最もよく見られる心電図の変化で、右室の圧負荷による右冠動脈の圧迫からの後下壁の虚血を反映していると言われている(5)。Ⅱ、Ⅲ、aVFの異常Q波もそれを反映しているのであろう。したがってレトロスペクティブには、非特異的所見とはいえ、肺塞栓による右室負荷が心電図で捉えられていたと考えられる。肝機能異常のうち胆道系酵素の上昇は組織でみられた胆道系の慢性炎症によるもの、ALT、ASTの上昇は右心不全による小葉中心性壊死によると考えられたが、この程度の肝機能異常から積極的に右心不全を考えることは困難であろう。蛋白強陽性、潜血陽性は、腎の虚血による再吸収障害と急性尿細管壊死を反映していたと考えられるが、これも循環不全の二次的変化である。最後に胸部X線写真であるが、肺塞栓があっても胸部X線画像で分かるのは、非特異的所見を除くと、20%程度に過ぎないという(4)。しかも本症例の場合、徐々に肺動脈の狭窄が進んだために、胸部X線写真を撮影した時点でも血管影が弱いながら残っており、この減弱を指摘するのは困難であろう。

血行動態の比較的安定した(収縮期血圧≥90 mmHg)肺塞栓を疑う状況で、どのように診断を進めるかについて、最近の論文では、Wells score(10)(表3)を取り、4点以上で肺塞栓を疑えば胸部CTでの塞栓の有無を確認し、4点未満の場合はD-dimerを測定し、異常値なら胸部CTへ、正常値なら経過観察するという方針が提案されている。この方針を用いた大規模なコホート研究(3)によると、D-dimerが正常な群からは3ヶ月のfollow upで致死的な血栓塞栓症は見られなかったのに対し、CTで血栓塞栓がみられたものの1.6%に、CTで血栓塞栓の検出できなかった症例の0.5%に致死的な血栓塞栓症の再発が起こったという。本症例ではWells scoreは心拍数が100を超えていたことによる1.5で、肺塞栓を積極的に疑える状況ではなかったが、その場合でもD-dimerの測定をしておれば診断につながった可能性が高い。肺塞栓の診断ができ、適切に抗凝固治療を行えば、(無治療で30%の)致命率が約8%に改善されるという報告もある(2)。

本例では、背景にsubclinicalな肺高血圧が存在していた。このことが(肺塞栓が起こった場合でも)右心不全になりやすい状況を作っていたとも考えられる。左心系に異常は無く、肺動脈枝のmediaの肥厚は、繰り返すミクロ血栓塞栓症の器質化と考えられているplexiform patternや炎症を伴わないことから、肺高血圧のWHO分類(表4)(11) のGroup 1(原発性)か3(低酸素血症による)以外は除外される。本例の場合、肥満による睡眠時無呼吸によりGroup 3の肺高血圧があった可能性がある。

表3:臨床的に肺塞栓と判断するための原則*
表4:肺高血圧のWHO分類

まとめ

徐々に呼吸困難が増悪し、最後は突然死に至った肺血栓塞栓症の症例を報告した。剖検所見から、subclinicalな肺高血圧を背景に、深部静脈から血栓塞栓を繰り返したと見られ、死亡4日前の受診時には肺動脈の主要な4枝のうち少なくとも3枝に器質化塞栓が存在し、右心不全が既に来ていた可能性が高く、4日間に残る1枝に塞栓がおこったか塞栓に血栓が付加して狭窄が進んだことによって右心不全が悪化し、死に至ったと考えられた。肺血栓塞栓症はしばしば臨床診断が困難である。今回の症例もレトロスペクティブにみると肺塞栓の結果と理解できる非特異的所見が経過中に散りばめられていたことがわかるが、今回の臨床データだけから本症に気づくことはやはり困難といわざるを得ない。ただ、本症例のように肺塞栓を積極的に疑うことができない状況でも、今後は頻呼吸と低血圧のある場合は肺塞栓の可能性を念頭に置き、D-dimerをチェックし、胸部造影CTに至れば、診断・救命できた可能性があると考えられた。

参考文献

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