滋賀医科大学 分子診断病理学部門

胃癌における粘膜のリモデリング(WEB公開講座)


<問>
胃癌における皺壁の融合、萎縮、切断の機序について。皺壁の融合は癌の深達度判定に有効か。(鳥取 М生)


一、胃癌では皺壁の委縮がなぜ起こるのか。また、皺壁の融合は腫瘍が粘膜下組織(sm)以下に浸潤した結果なのか。これらは粘膜が陥凹したり短縮したりする、粘膜のリモデリング(改築)の問題である。

組織のリモデリングは破壊されたものを元通りに修復できないために起こる。肝小葉の改築のために慢性肝炎から肝硬変に至る例がわかりやすいが、胃ではそれに対応するのが、慢性胃炎に伴う委縮である。炎症一般において組織のリモデリングがあれば慢性、なければ急性である。しかし、腫瘍がもっぱら組織を破壊するものとすれば、周囲組織に修復やリモデリングの余地があるのであろうか。確かに、破壊が前面に出る腫瘍もあるが、そのような腫瘍は圧排性に生長し、ここで問題にしているような陥凹性病変にはなりにくい。

それにしても、腫瘍は細胞が増加する病気であるのに、なぜ陥凹性の粘膜病変ができるのか不思議である。その理由は癌細胞に注目してもわからない。発想を転換して、癌の背景にある正常(非腫瘍)腺管に注目してみよう(図1A)。

粘膜の厚さは(非腫瘍)腺管の長さによって決まる。そして、腺管の長さは腺管の密度によって決まる。なぜか。それを理解するためには、胃腺の細胞動態を知らなけらばならない。

胃腺には腺頸部に増殖細胞帯があり、それより上の部分を腺窩部、下の部分を腺部という。増殖細胞帯で生まれた細胞の大半は腺窩部に移動し、粘液を溜め、粘膜の表面を敷き詰めるタイルとして胃酸や消化酵素に曝される最前線で粘膜を護っている。その細胞の寿命は約三日と短く、次々と新しい細胞に置き換えられ、使い捨てられている1)。

いま、腺管密度が半分に低下したとする(図1B)と、一本の腺管がそれまでの二倍の数のタイルをつくらなければならなくなる。しかし、通常、増殖細胞の細胞周期を大きく短縮することはできない。そこで、腺管は幹細胞を増殖させ、増殖細胞帯を拡大して(増殖細胞集団を増やして)たくさんのタイルをつくる。それでも足りなければ、腺窩部を開いて、まだ粘液を十分溜めていない細胞(まだ薄く壊れやすいタイル)を表面に露出させて、とにかく穴が空かないようにする。その結果、腺管が短くなる。つまり、腺管密度がある程度以上低下すると、腺管は短くなる。これが粘膜の委縮である。

図1 胃粘膜の厚さと腺管密度との関係

慢性委縮性胃炎では炎症によって腺管が潰されるが、早期胃癌では癌細胞が密に増生することで腺管が立ち枯れるため、腺管密度が低下する。しかし、この時期の癌は粘膜が薄くなればその薄い粘膜の中で二次元的に生長し、粘膜の環境に従順に従っている。これはこの時期の癌細胞の増殖がまだ粘膜の増殖細胞帯の環境に依存しているためと考えられる2)。

陥凹性の粘膜病変は、このようなまだ完全に自律性を獲得していない早期のおとなしい生長を反映していると考えられ、深部に浸潤する傾向が強いから陥凹しているわけではない。実際、単クローン性に粘膜を広くひろがるⅡc もある3)。また、陥凹面にびらんは存在するが、表面には薄い上皮が覆っていることが多いし、明瞭な輪郭を持った領域全体が地盤沈下するように平坦に陥凹していることを、びらんだけで説明することは困難であろう。この粘膜の沈下の均一性は癌細胞の増生により既存腺管の密度が比較的均一に低下したことを反映している。

ただし、以上の説明は、未分化型胃癌のように、基本的に癌細胞が粘膜表面に露出せず、正常の腺管と腺管の間で増生するタイプの陥凹性病変に当てはまるが、分化型胃癌のように、腫瘍内にほとんど正常腺管の混在がなく、粘膜表面まで癌細胞が占拠するタイプには別の説明が必要であろう。


二、次に、なぜ粘膜が横方向に短縮し、皺壁が融合したりするかを考えてみよう。壁の融合はsmが線維化によって収縮するために起こる。smの線維化は癌のsm浸潤にしばしば伴うが、潰瘍瘢痕によっても形成される。一般的には、皺壁の融合があればsmないしそれ以下の浸潤を疑うとされているが4)、そのような可能性があるといえるだけである。

一方、粘膜内では癌が存在しても線維化は一般に見られない。これは粘膜の線維芽細胞がsm以下のものと性質が異なるからであろうと、漠然と考えられていたが、線維化を癌細胞による間質損傷に対する間質側の修復反応と考えると、粘膜内癌では間質損傷が弱いために粘膜内では線維化が乏しく、smに浸潤するほど間質を強く損傷すると線維化が起こると理解できる5)。

このように、胃癌(特に未分化型)における粘膜のリモデリングについては、癌細胞の生長が十分に自律性を獲得しているかを考慮すれば、ずいぶん理解しやすくなる。生長の自律性が十分獲得されるまでは、既存の腺管による粘膜構築の枠内で、陥凹といういわば消極的なリモデリングが起こるのに対し、生長の自律性を獲得した後は、癌細胞が間質を損傷し線維化を伴う腫瘍間質を新たに誘導することで、浸潤という積極的なリモデリングを起こすのである。何がきっかけで自律性が獲得されるのかに関しては、第三九六二号本欄6)をご参照いただきたい。

(滋賀医科大学第一病理学助教授 杉原洋行 日本醫事新報 No. 4160 (2004年1月17日) pp.98~99 より)

文献

  1. 杉原洋行, 服部隆則, 藤田哲也 : 消化性潰瘍-臨床と基礎 5 : 8, 1986
  2. Sugihara, H., Hattori, T., Fukuda, M., et al : Virchows Arch A 411 : 117, 1987.
  3. Bamba, M., Sugihara, H., Okada, K., et al : Cancer 83 : 867, 1998
  4. 小野裕之・吉田茂昭 : 胃と腸 36(増刊号): 249, 2001
  5. Sugihara, H., Hattori, T., Fujita, S., et al : Int J Cancer 43 : 263, 1989
  6. 杉原洋行 : 日本醫事新報 No3962 : 168, 2000