滋賀医科大学 分子診断病理学部門

胃癌の分化と悪性度(WEB公開講座)


<問>
腺癌は高分化より低分化へと悪性度が高くなる、すなわち転移・増殖・浸潤が早いのはなぜか。とくに印環細胞癌の悪性度が高い理由を。(鳥取 М生)


胃癌の中で印環細胞癌の悪性度が最も高いという印象が実地の臨床医に根強いのはなぜだろう。それをこの小文で考えてみたい。

まず、言葉の使い方を確認したい。「増殖」という言葉は本来、細胞が一個から二個に増えるという意味なので、ご質問にあるように腫瘍の体積増加を意味する場合、私たちは生長という言葉を使うようにしている。

また、「分化」という言葉も、腺癌では腺管形成傾向の意味で一般的に使われているが、その意味では高分化より低分化のほうが悪性度が高くなるとは必ずしもいえない。ばらばらの「未分化」型のほうが一見浸潤能が高そうであるが、実際は「分化」型癌細胞も静脈を侵襲して血行性に肝転移しやすい。非充実型の「未分化」型癌細胞のほうは直接浸潤しやすい。

このように、腺管形成としての分化は、浸潤・転移のルートには関係しているが、高分化と低分化との間で生物学的な悪性度にはあまり差がない。また、この意味の分化度は臨床的な悪性度とも単純な相関はない。術後五年生存率はこの意味の分化の両極端にある高分化腺癌と印環細胞癌で最も高いのである1)。

ただし、ご質問の「分化」を、増殖サイクルを外れて機能発現に専念する(最終分化した)細胞の多さを意味していると解釈すると2)、この意味の分化度と悪性度とは相関するのである。

骨髄性白血病では、この増殖サイクルから外れるという意味でよく分化しているものを(生長が緩やかなことから)慢性、分化の乏しいものを(生長が速いことから)急性と呼んでいる。この言葉を胃癌に使うとすれば、一般の「分化」型腺癌や「低分化」腺癌のように増殖分画(増殖サイクルを回っている細胞の割合)の大きいものを「急性」型胃癌、細胞増殖が粘膜中層に限局している胃粘膜内の印環細胞癌のような胃癌を「慢性」型胃癌と呼ぶことができるであろう。粘膜内の印環細胞の多くは増殖能を失って最終分化した細胞なのである3)。この意味での低分化、つまり「急性」型の腫瘍は、生長が速いために「慢性」型の腫瘍に比べて浸潤・転移が早く、したがって悪性度が高いと理解できる。(表1参照)

表1:最終分化からみた「慢性」型・「急性」型と、腺管形成からみた分化との関係

胃癌では、比較的早期は「分化」型のほうが予後が悪く、漿膜に達した進行期では「未分化」型のほうが予後が悪い8)。この予後の逆転現象は、比較的早期では「慢性」型胃癌が「未分化」型に、「急性」型胃癌が「分化」型胃癌に多いのに対し、進行期では「急性転化」したものが主体となった「未分化」型の予後が「急性」の「分化」型の予後よりもさらに悪くなるためと理解できる。ただし、「急性転化」後も、粘膜内には「慢性」型の成分が残っていることが多い。

最近、馬場ら4) は表層拡大型を含む印環細胞癌の粘膜病変の大半が単クローン性であることを明らかにした。このことは表層拡大病変が多発病変の癒合で短期間にできたものでなく、一~数個の細胞に始まり、大変長い時間をかけて生長してきた、文字通り「慢性」型胃癌であることを示している。

また、粘膜内に印環細胞癌の成分を持った「未分化」型の進行癌の深部浸潤部では、しばしば印環細胞が少なく、増殖分画の大きな「急性」型のパターンになっている。この場合、癌の粘膜内成分は一部を除き、早期癌と同様、DNAの変化や核異形が乏しいが、深部では染色体の倍加や遺伝子増幅を含む著しいDNAの変化と顕著な核異形がみられる5)。このことは慢性骨髄性白血病(CML)と同様、「慢性」型胃癌も、生長の過程で染色体異常が加わって「急性転化」(進展)することを示している。「急性転化」した後の印環細胞癌の悪性度が極めて高いのは、急性転化後のCMLと同様である。

ここで冒頭の疑問に戻ると、印環細胞癌の悪性度が最も高いという印象が実地の臨床医に根強いのは、手術不能の胃癌症例の粘膜生検でしばしば印環細胞癌という病理診断がついているからであろう。これらは実際には印環細胞癌が「急性転化」して深部の大半が低分化腺癌となったものであるが、生検では粘膜に残っている「慢性」期の細胞をみていることが多いためと考えられる。

しかしそれだけではない。手術切除できた場合でも、4型胃癌の中には印環細胞を含む粘膜病変が小さく、腫瘍が小さいうちから深部浸潤したと推定されるものが確かに少なくない。そして、これこそが印環細胞癌の原型で、表層拡大型になるものはさらに小さな印環細胞癌が多発癒合したものであるという説明がむしろ定説であった。このことも多くの臨床医が印環細胞癌に最悪のイメージを持つ一因になっていると考えられる。

実際は、小さな粘膜病変を持つ4型胃癌は粘膜内でも核異形の強い部分が目立つのに対し、大きな粘膜病変をもつ4型では、異形の乏しい核が粘膜内の大半で保たれている。しかも後者のほとんどが単クローン性であるので、前者が多発癒合して後者になるとは考えにくい。むしろ両者の差は、「急性転化」するまでの「慢性」期の長さの違いを反映していると考えられる5)~7) 。CMLと同様、「急性転化」がいつ起こるかは、かなりランダムなのであろう。

したがって印環細胞癌をすべて怖がるのは正しくない。「慢性」期の印環細胞癌は切除すれば最も予後のよい胃癌の一つだからである。しかしこれを放置すればいつか必ず「急性転化」することも忘れてはならない。この意味で胃癌検診を進め、「急性転化」前の胃癌の発見に力を注ぐことは決して間違っていないと言えるのである。

(滋賀医科大学第一病理学助教授 杉原洋行 日本醫事新報 No. 3962 (2000年4月1日) pp.168~169 より)

文献

  1. Kinoshita, T., Maruyama, K., Sasako, M., et al. : Gastric Cancer (Nishi, M., et al. eds.) , Springer, 1993, pp.319~330
  2. 藤田哲也 : 現代病理学大系9A, 中山書店, 1985, p.70~111.
  3. Sugihara, H., Hattori, T., Fukuda, M., et al. : Virchows Arch. A, 411 : 117, 1987.
  4. Bamba, M., Sugihara, H., Okada, K., et al. : Cancer, 83 : 867, 1998
  5. 杉原洋行・服部隆則 : オンコロジア, 23 : 20, 1990
  6. Sugihara, H., Hattori, T., et al. : Cancer, 71 : 1938, 1993
  7. 杉原洋行・服部隆則 : 胃と腸, 31 : 613, 1996
  8. Sugano, H., Nakamura, K., Kato, Y., : Acta Pathol. Jpn., 32 (suppl.2) : 329, 1982