滋賀医科大学 分子診断病理学部門

がんをどう理解し説明するか −発癌メカニズムからリスク予知まで

滋賀医科大学病理学講座
杉原 洋行

はじめに

わが国では3人に1人ががんで亡くなるほどがんが身近になっているのに、高校を卒業するまでがんについて系統的に教わる機会がない。そのため、多くの場合、患者に対するがんの説明は実地の臨床医に任されている。ここでは、そのような説明の際に拠り所となる本質的な考え方を整理して紹介したい。腫瘍は時間とともに量的、質的に変化する。量的側面からその考え方を具体的に理解するのに役立つ、画像からがんの生長のキネティックスを推定する簡単な方法や、腫瘍の質的側面(個性)に基づいて進展リスクの予知をめざした私どもの最近のゲノム研究についても触れたい。

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1.がんの発生から進展:がんを私はどのように説明しているか

私は多くの場合、欧米の先進国に比べて日本人にがん死が多いのはなぜか、から説明に入る。これは、がん医療が日本で遅れているからではなく、日本が高齢化社会だからである。年齢調整をして(年齢構成を共通にして)比較すると、日本人に特にがんが多いのではなく、むしろ少ないことが分かる1)(図1)。では、なぜ高齢者にがんが多いのか。これは、時間とともに不可逆的に変異が蓄積し、その変異の蓄積によってがんが起こるからである。では変異とは何か、と展開していく。

図1: 先進7カ国の死亡統計

変異とは単なるDNAの傷ではない。DNAの複製の際に確率的に起こる塩基のミスマッチやDNAの損傷が(変化したと認識できなくなって)直せなくなった結果、その変化が細胞から細胞へ遺伝していくようになったものが変異であり、それが時間とともにDNAに蓄積されていく。この点をもう少し詳しく説明すると、DNAの変化に対して発動されるDNA修復システムは、①チェックポイントで増殖を一旦停止し、②変化を修復し、③修復できなければ細胞死(アポトーシス)を誘発するという3段階から成るが、がんでは、多くの場合、その最初の段階がクリアできず、あえなく破綻している。つまり、修復前に一旦停止できないために、そのまま複製が起こると、DNAの二重鎖間の塩基のミスマッチが、それぞれのDNA鎖にマッチした新生鎖が合成されることによって、ミスマッチと認識できなくなるのである(図2)。

図2: DNAの変化が修復される前に複製されてしまうと、もはや修復できなくなり、変異として細胞間遺伝していく。

不可逆的に分化する細胞はいずれ寿命が尽きて失われてしまうので、この蓄積が起こるのは分化しないまま自己再生産をしている細胞(多分化能のある幹細胞と1つに分化が限定された前駆細胞)や可逆的に分化し自己再生産細胞に戻ることのできる細胞だけである。

この自己再生産細胞の増殖と分化の調節をしているのががん抑制遺伝子とがん原遺伝子である。前者をブレーキ、後者をアクセルと単純に考えると、そのいずれかまたは両方が壊れて車が暴走した状態では細胞増殖が速くなっていると考えてしまうが、実際は、がんでは細胞増殖がスムーズに進行せず、正常よりもむしろ遅いことが多い。問題は回転の速さではなく自己再生産率(分化と自己再生産の振り分け)である。これは正常では(平均値として)0.5にセットされており、細胞分裂のたびに1個の自己再生産細胞から分化した細胞と自己再生産細胞が1個ずつできるので、いくら細胞回転が速くても、この条件では自己再生産細胞の数は増えない。自己再生産率が0.5をわずかでも上回ると、いくら細胞回転が遅くなっても、自己再生産細胞は着実に増えていく(図3)。

図3: 細胞増殖の速さではなく自己再生産率(P)が細胞の数を決める。各分裂でのPは1か0か0.5。その平均が通常では0.5、固形がんでは>0.5から0.6となる。

この自己再生産率を調節しているのががん原遺伝子の一部(MYCなど)である。一方、がん抑制遺伝子はDNAの修復にかかわる遺伝子で、その中の代表的な遺伝子が(増殖の一旦停止に働く)RB1であり、この遺伝子はほとんどのがんで機能的に失活している。その結果、変異が蓄積し、ゲノム不安定性が獲得される。一旦、この変異の蓄積が起こり始めると、いつか必ずがん原遺伝子などに変異が起こり、P>0.5が獲得され、自己再生産する細胞が増加を始める(図4)。

この自己再生産する細胞の増加こそが腫瘍の本質であり、形態異常や浸潤、転移が起こっても、細胞が増え続けなければがんではない。その意味で、これは形態的な異型、浸潤や転移いった性質よりも上位の性質で、がんの公理と呼ばれている。すなわち、①細胞間遺伝するDNAの(ゲノムおよびエピゲノム)変化による。②その変化が特定のがん原遺伝子に起こることにより自己再生産率が0.5を上回り、その細胞のクローン性増生が起こる。③その変化が特定のがん抑制遺伝子に起こることにより、変異が爆発的に蓄積し(=ゲノムの不安定性が獲得され)、自然選択を経てより進化したサブクローンが出現する。キーワードはDNA(あるいは細胞間遺伝)、クローン、進化である。

図4: 一つの癌細胞ができるためにはDNA変化の蓄積が必要である。その変化がDNA修復システムを巻き込むと爆発的な変化の蓄積が起こり、「新生物」への進化として腫瘍が発生する。

この自己再生産する細胞の増加が、個体の命が絶えるまで起こり続けるためには、細胞がその間不死であることが前提となる。我々のDNAは46本の直鎖状で、それぞれが染色体を作っている。直鎖状である限り、増殖のたびにテロメアが短くなるという末端複製問題が避けられない(図5)。短くなったテロメアをテロメラーゼで伸ばしてやることで細胞は不死となる。しかし、この不死化は腫瘍化することによって獲得されるのではなく、もともと不死の自己再生産細胞(1世代内で不死の幹細胞・前駆細胞や世代を超えて不死の生殖細胞)が腫瘍の標的細胞であるために、腫瘍は最初からこの性質を持っているのである。

図5: 直鎖状DNAでは複製の回数に限りがある。
岡崎断片の形で伸長する lagging strand は複製の度にテロメアDNAが短縮するからである(末端複製問題)。

では、なぜ自己再生産細胞しかがん化の標的にならないのか?増殖細胞でありながら自己再生産しない細胞が成熟分裂細胞であり、均等分裂の結果生じる2つの娘細胞の両方が、親細胞よりも分化・成熟が進んでいる。(この成熟分裂細胞と自己再生産する前駆細胞とが混同されていることがあり、注意する必要がある。)一方、自己再生産細胞は不均等分裂する。片方は親細胞と同じ性質を保ち、他方は分化・成熟に向かい、数回の成熟分裂の後に非増殖細胞となり、死滅していく。がんでは(一部の例外を除き)複数のDNAの変化が蓄積すること(公理を満たすためにも、がん抑制遺伝子とがん原遺伝子の両方の変化)が必要なので、数回の成熟分裂の間にそれが蓄積することは、確率的にまず考えられない。したがって、ほとんどの場合、自己再生産細胞こそががんの標的細胞なのである。

ここで注意しなければならないのは、自己再生産細胞は分化した細胞の形態をしていることもあることである。(上記の成熟分裂細胞が、この分化した自己再生産細胞と混同されていることもある。)消化管粘膜ではそれが腺管の深部にある腺部の細胞である。この腺部の細胞は、粘膜の一部が潰瘍で失われても、潰瘍縁に残存し、脱分化して腺管のすべての細胞に分化できる幹細胞となり、粘膜を再生できる。(ただし胃底腺は偽幽門腺となる。)このように、分化した細胞の中には不可逆的に最終分化して行く(消化管では表層粘液細胞などの)細胞と、可逆的に幹細胞に戻ることのできる細胞がある。そのような仮の姿をした自己再生産細胞は造血系ではリンパ球、気道ではクララ細胞やⅡ型肺胞上皮細胞など、全身に存在している。

チェックポイントでの増殖停止にかかわる癌抑制遺伝子が失活し、ゲノム不安定性が獲得されると、ランダムな変異が爆発的に起こる。その過程で、発がんに必要な特定の遺伝子セットに複数の変化が出揃うのと並行して、(ゲノムDNA内にたくさん散りばめられている)形態形成にかかわる遺伝子にも変化が蓄積する。したがって、腫瘍ができるときには必ず形態の異常(異型)が現れ、顔つきの変わった細胞の集団として視覚的に腫瘍を捉えることができるのである(図6)。ただし例外的に、1回のゲノム変化で腫瘍化する慢性骨髄性白血病(CML)では、ゲノム変化を蓄積して急性転化するまでは異型が無い。

また、浸潤や転移が成立する過程でも、多くの新たな機能を獲得するために更なる変異の蓄積と膨大な試行錯誤が要求される。そのすべてをクリアして転移に成功する細胞は浸潤がん細胞の10-7のオーダーといわれる2)が、これは107個の細胞(1個の細胞を1辺が10 μmのサイコロと考えると、この数の細胞は1辺が1㎜のサイコロ10個分=径2.2 ㎜のサイコロ1個に相当する)が試行すれば1回成功することになる。

このように、教科書的には腫瘍の基本性質とされる異型、浸潤・転移、そして次に説明する指数関数的生長は、上述の公理から導かれる一種の定理とみなすことができる。

図6: DNA変化の経時的蓄積
異なる細胞AとBに独立に起こった変化。発癌に必要な変化(赤矢印)が蓄積される過程で、ランダムな変化(黒矢印)が並行して蓄積し、それが形態形成にかかわる遺伝子(緑丸印)を変化させるため、腫瘍が形態的に認識できるようになる。

2.腫瘍生長のキネティックス

腫瘍の本質は自己再生産細胞の増加=生長であった。その生長のキネティックスを数式で表わすことで、がんの生長の予測や余命の推定がある程度できる。これは臨床現場でも役立つと思われるので、少し具体的に説明したい。私の恩師、京都府立医大名誉教授の藤田晢也先生の著書3)からエッセンスを私なりにまとめ、実際の症例にあてはめてみた。

発生してからの時間が t 経過した腫瘍の体積は、細胞1個の体積をV0、体積倍加時間をDとして、次の指数関数で表わされる。

V=V0・2t/D

今、V0を一片が10 μmのサイコロと考えると、Vが径1㎜のサイコロではt=20D、 1㎝で30D、10㎝で40Dとなる (図7)。これは腫瘍のサイズを体積倍加時間で表示しているわけである。そのさい、径が2倍になるたびに体積は 23倍になるので指数部分に相当するDの値は+3となる。つまり、径2㎝であれば33D、径8㎝で39Dとなる。逆に径が1/2になれば体積は2-3倍になるので指数部分に相当するD の値は−3となる。例えば径5(=10/2)㎝は40−3=37Dとなる。径3.5 ㎝は式に戻って対数計算し、35.3D となる。

図7: 細胞数の増加のキネティックスを表す指数関数

これを実際の症例に応用してみると、図8の膵癌の原発巣のダブリングタイム(D)は、2枚のCT画像から推定した値と最後のCT画像と剖検時の腫瘍径から推定した値から、2〜2.5ヶ月と計算され、進行癌の原発巣のD(2-4ヶ月)の範囲内である。図9の同一症例の肝転移巣ではDは1ヶ月と推定され、転移性癌の範囲0.5-2ヶ月の範囲内である。一般に転移巣のDは原発巣よりも短い。この症例は、剖検時に原発巣が径5㎝(=37D)、多発肝転移巣が最大径4㎝(=36D)径であった。それぞれのDから、転移が成立した時点を逆算してみると、転移が成立したのは剖検の36ヶ月前。期間は原発巣のダブリングタイムで測ると(36/2.5)約14Dとなるので、その時点での原発巣のサイズを計算すると、約37−14=23Dで、径2㎜と推定された(図10)。発見後の膵癌の1年生存率が10%に満たない理由が垣間見える。大腸癌で同様の計算をすると、転移成立時の原発巣の推定サイズは約1㎝となった(図11)。これが内視鏡的に発見可能なサイズであることが、早期治療が転移予防になりうることを示している。消化管の癌で注意すべきことは、2次元的な表在性成長では表面からの細胞のlossが多く、Dが12ヶ月前後と長くなることである。これが深部浸潤すると3次元的に生長できるようになり、Dは上述の2-4ヶ月の範囲内になる。

図10: 肝転移が生じた時点での膵原発巣のサイズの推定
図8: 膵癌の原発巣の経時的変化
BはAの3ヶ月後に平均径3.5cmから4.6cmに増大。その1ヶ月後の剖検時には径5cmとなっていた。
図9: 膵癌の肝転移巣の経時的変化
BはAの3ヶ月後。3ヶ月間で腫瘍の体積は3ダブリング増えたので、ダブリングタイム(D)は1ヶ月である。

ここまでの説明では、上述の公理が獲得されることにより、腫瘍は必然的に進化し、最後は転移に至るというイメージになる。しかし実際は、進化の起こるスピードは様々であり、形態はがんであるが生長パタンは良性であるもの(微小癌の大半)や、ほとんど異型が無いにもかかわらず進化していくCMLのようながんもある。これまでは腫瘍=がんと表現してきたが、上述の公理は良性腫瘍にも当てはまり、良性と悪性の違いは質的な差ではなく量的な差と考えられる。良性腫瘍も悪性腫瘍も同じ生長関数に従って生長するが極限サイズが異なる3)(図12)。ヒトでは径10 ㎝が致死的サイズの目安になっている。悪性腫瘍では極限サイズがかなり大きく、その途上で径10 ㎝に達することによって死に至る。その間の生長は指数関数で近似できる。一方、良性腫瘍では、極限サイズが共存できる範囲内であり(通常の大腸腺腫で径1㎝程度)、そのサイズで生長は頭打ちとなる。

図12: 良性と悪性の生長曲線の違い
図11: 大腸癌の肺転移が生じた時点での原発巣のサイズの推定
径4 cmの原発巣の手術切除後2年で2 cm(33D)の肺転移が発見された。推定に用いたダブリングタイムは、原発巣の粘膜内、粘膜外、転移巣について平均的な値を用いた。転移巣(D=2ヶ月)が成立したのは発見の(33×2=)66ヶ月前であり、手術の42ヶ月前であった。その時点では、原発腫瘍全体として表在生長をしているが、径4 cm(36D)の進行癌として手術されたことから、深部浸潤性のサブクローン(D=3ヶ月)が36×3=108ヶ月前にすでに出現しており、そこから転移性サブクローンが発生したのが腫瘍径1 cmの時である。その時点での深部浸潤性サブクローンのサイズは(108-42)/3=22(D)であり、径2 mm弱である。これは、転移の試行錯誤が成功する時点での試行した細胞の個数(本文参照)とほぼ重なっている。

3.がんの確率的側面と決定論的側面

大腸癌の年齢調整罹患率は、大腸ポリープ診療ガイドライン4)によると、人口10万人対男性64、女性36程度である(2006)。一方、大腸腺腫の頻度は欧米で50歳までで15-30%、60歳までで40-50%である5)。日本では少なく見積もって、平均1/5としても、腺腫の癌化率は平均約10%4,5)なので、腺腫内癌の頻度は1/50と推定される。このことは、腺腫内癌の1/40程度しか臨床癌になっていないこと、そして腺腫だけでなく、大半の小さな腺腫内癌も頭打ち生長をしていることを示唆している。

個々の腺腫や微小がん(<径5 ㎜)が進行癌に進展するかしないかは、すべて確率的に決まっているのだろうか?進展する素質のような決定論的な側面もあるのか?がんの指数関数的生長から考えると、径1㎝の時点でがんの自然史の3/4が終わっている3)(図7)。これは人生では還暦にあたり、それまでにゲノムDNAに蓄積した変化は、その後のがんの自然史において既に決定論的な意味を持っているのではないだろうか?

そのような決定論的側面を解析するためには、環境の影響で可逆的に変化する遺伝子発現ではなく、基本的に不可逆的に変化するゲノムDNAに注目する必要がある6,7)。時間とともに遺伝子変化が不可逆的に、ランダムに蓄積する中で、特定の遺伝子セットに変化が出揃ったものが特定の腫瘍になると考えると、でき上がった腫瘍にはそれ以外の多くのゲノム変化が共存しており、それらの蓄積が細胞の異型に関与していることは先に述べた(図6)。これらの共存するゲノム変化は、ランダムに獲得されたがゆえに、その構成は個々の腫瘍ごとにユニークであり、結果的に同じ種類の腫瘍ができたとしても、独立に発生した2つが全く同じ遺伝子構成を示すことはないと考えられる。腫瘍をこのように、個人と同じように個性的な存在ととらえると、がん細胞の遺伝子に蓄積した後天的な変化を、個体レベルのgermlineでの多型とよく似た形で解析できることがわかる。個人に固有なgermlineDNAの多型が親子鑑定や、疾患の罹患リスクの評価に使えるように、個々の腫瘍に固有のゲノムDNA変化のパタンを使って、腫瘍間で系譜がつながっているかどうかや腫瘍の進展リスクを推定できるのではないか6)

そう考えて、胃腫瘍からDNAを抽出し、マイクロアレイで遺伝子のコピー数の増減を網羅的に決定し、そのプロファイルの似たもの同士をクラスタリングによって分類した。その結果、非浸潤性腫瘍を含む分化型胃癌では、非浸潤性腫瘍のみから成り、コピー数変化の少ない stable クラスタ(図13の灰色枠)、進行癌のすべてと一部の非浸潤性腫瘍からなるunstableクラスタ(ピンク色枠)、そして、コピー数変化のやや多い非浸潤性腫瘍から成るintermediateクラスタ(黄色枠)に分かれた。非浸潤性腫瘍の約20%がUnstableクラスタに属し、そのコピー数変化のパタンが進行癌とよく似ていたことから、これらはいずれ進行癌になると推定された。一方、stable/intermediateクラスタに属する約80%の非浸潤性腫瘍では、進行癌ではほとんど見られないコピー数変化を示した遺伝子が複数みられたことから、これらは(たとえ形態的に腺腫内癌といえる部分があったとしても)終始腺腫として振る舞い、進行癌にはならないことが示唆された7)(図13)。

一方、未分化型胃癌では、正常の粘膜極性を良く保った層構造8)のある癌を多く含むクラスタAと腺管成分を伴う癌を多く含むクラスタBに2分され、それぞれに早期癌と進行癌が見られ、早期癌と進行癌との間でコピー数変化のパタンに有意な差はなかった(図14)。このことから、未分化型胃癌では、層構造をともなう早期癌でも、いずれそれは失われ、放置すれば必ず進行癌になると推定された9)。この結果は、層構造を研究してきた私にとっては意外であった。層構造10)をとるものの中にはいつまでも早期にとどまるものがあるのではないかと思っていたからである。そこで、あらためて層構造のある胃癌を見直すと、層構造の無い部分が見つかる頻度は粘膜内癌で70%、進行癌の粘膜部で100%であった11)。印環細胞癌はCMLのように、腫瘍細胞が良く分化する時期はあるが、確実に急性転化(進行期への進展)の起こる腫瘍であると考えられる。従って、層構造が生検で見つかっても、印環細胞癌の内視鏡治療には慎重であるべきである。

図13: 胃の分化型の。非浸潤性腫瘍と浸潤癌の系譜解析に用いた heat map
縦軸が遺伝子、横軸がサンプル。赤色がコピー数の増加、緑色が減少を示す。非浸潤性腫瘍と浸潤癌は、それぞれ、サンプルの背景が灰色と赤色である。Aは大きなサイズの2800あまりの遺伝子を使い、Bはタンパク質コード遺伝子の中からクラスタ間でコピー数に有意差のある51遺伝子に絞った。非浸潤性腫瘍のみからなる stable cluster (灰色の枠で示す)は、全体としてコピー数の増減は少ない(A)が、Bでは浸潤癌には無い変化が既に起こっており、stable cluster の非浸潤性腫瘍は浸潤癌にはならないと考えられる。一方、全ての浸潤癌を含む unstable cluster (ピンク色枠で示す)に含まれる約20%の非浸潤性腫瘍(Aの矢印)は浸潤癌になりうると考えられる。
図14: 未分化型胃癌の系譜解析に用いた heat map
縦軸の遺伝子は、クラスタAとBとの間でコピー数に有意差のあった40遺伝子を、横軸のサンプルは(サンプル名の背景が黄色の)早期癌と進行癌とを分けて表示している。クラスタAには層構造を伴い、印環細胞癌として発生した未分化型胃癌が、Bには腺管成分を伴い層構造の見られない(分化型胃癌が脱分化した)未分化型胃癌が有意に多く見られた。

まとめ

発癌の分子的なメカニズムのエッセンスをできる限り平易に、患者への説明にも使っていただけるように、公理としてまとめた。その考え方の延長線上に生長のキネティックスやがんの個性があることをご理解いただければ幸いである。生長のキネティックスは余命推定等に応用できる。また、がんの個性の解析から、個々の腫瘍の進展リスクの予知ができれば、どんながんにも高価な治療をするのではなく、がんの個性に応じて治療を選択できるようになるだろう。莫大な経費のかかる分子標的薬の開発が続けば医療経済は早晩破綻する。分子標的薬の開発以上に必要なのは、高価な治療をいかに限定して使うかを教えてくれる、進展リスク予知の研究なのである。


文献

  1. 津金昌一郎.なぜ、「がん」になるのか?その予防学教えます。西村書店、2009.
  2. Fidler IJ. The pathogenesis of cancer metastasis: the ‘seed and soil’ hypothesis revisited. Nature Reviews Cancer 3: 453-458, 2003.
  3. 藤田晢也.癌の自然史.現代病理学大系9c、中山書店、225-243、1984.
  4. 大腸ポリープ診療ガイドライン2014(日本消化器病学会編).南江堂、4-29、2014.
  5. Diagnostic pathology: Gastrointestinal (ed. Greenson JK), 2nd edition, Elsevier, 470-479, 2016.
  6. 杉原洋行.コピー数変化を使った早期胃癌の進展リスク評価.生体の科学62:541-545,2011.
  7. Vo T-ND et al. Progression risk assessments of individual non-invasive gastric neoplasms by genomic copy-number profile and mucin phenotype. BMC Med Genomics 8: 6, 2015.
  8. 馬場正道、杉原洋行.層構造.病理と臨床28巻臨時増刊号、116-117、2010.
  9. Sonoda A et al. Genetic lineages of undifferentiated-type gastric carcinomas analysed by unsupervised clustering of genomic DNA microarray data. BMC Med Genomics 6 : 25, 2013.
  10. 杉原洋行.ヒト印環細胞癌の胃粘膜内での増殖と分化−“層構造”形成のメカニズム.京府医大誌,93:591-605,1984.
  11. 堀田兼蔵他.層構造を有する未分化型胃癌の系譜解析とその進展予測.第74回日本癌学会学総会(名古屋)、P1281、2015.