滋賀医科大学 分子診断病理学部門

部門紹介

教授メッセージ(2014年1月)

このメッセージを昨年4月に更新できず、年が明けてしまいました。仕事と体調のバランスを取るために続けている山行の回数も減ってしまい、100回をめざしている「近江百景」も、ペースダウンしています。そのためか、年末には久しぶりにひどい風邪をひきました。バランスの必要性を痛感しています。本年も私たちの部門の動向に興味を持っていただければ幸いです。

病理学において、近年臨床医学的側面がますます拡大し、研究と診断のバランスを保つのが容易ではなくなってきました。しかし、このバランスを保つことこそが、臨床的側面にも研究的側面にも重要であることを、私たちの活動を通じてご理解いただければと思っています。

研究でも診断でも、まずはprepared mindで観察し、見落としを無くすための訓練が必要です。そのためには病理学の体系的な理解が必要で、良い教科書や文献を読み込むことです。そして、見えるべきものが見えるところまで来ても、同じ観察事実から同じ結論につなげるロジックも一つとは限りません。様々な道筋があり得ます。それを理解するために、発表会や検討会が必要です。そう考えると、精度管理もシニアによるチェックで済むものではなく、シニアのチェックそのものもオープンになる「ガラス張りの診断」に行き着きます。

2013年4月から滋賀に来られた先輩病理医に、関連病院での私の一次診断や私がチェックした診断を更にレビューしてもらっています。その結果はノートにコメントとして書かれ、交換日記のように、私がそのコメントに返答しています。このノートは、その関連病院の病理診断室で一次診断にかかわる誰もが自由に見ることができるようにしています。Reviewerの診断がレビューされ、見落としを指摘されたり、より適切な診断に変更されたり、他施設にコンサルテーションされたり、あるいは反論したりする様子が、ガラス張りになっています。更に、症例によっては、バーチャルスライド化して、部門の症例検討会で皆に見てもらうことや、2013年7月から稼動している滋賀県内の病理診断ネットワーク「さざなみ病理ネット」に配信されることもあります。

「さざなみ病理ネット」は滋賀県立成人病センターの真鍋先生のご尽力で、経済産業省の補助等も得て実現した、精度管理の考え方のしみこんだ先進的な病理診断ネットワークの試みです。現在はコンサルテーションに使われている以外、保険診療として遠隔迅速診断が行なわれています。この迅速診断では、(少なくとも片方は保険医療機関に所属する)2人の病理医がバーチャルスライドで同一の組織像を見て協議した上で手術室に診断結果を連絡する、診断前精度管理の方式がとられています。このようなオープンな診断環境を基盤にした精度管理は、Reviewerの厳しいコメントに対応しながら世界にオープンにしていく研究論文の発表と深いところで通じているように思います。

研究面では、これまでに定まった方向性を論文という「形にする」課題を、ある程度進めることができたように思います。未分化型胃癌のゲノム解析による、早期癌と進行癌の系譜上の連続性(Sonoda et al., 2013)やepigeneticな系譜ごとに発癌過程の特性(前癌病変を経るかどうか)が異なること(Nishimura et al., 2013)についての論文が出せ、ゲノム解析はリンパ節転移リスク・腺腫の進展リスクの問題にも展開しつつあります。また、胆汁による実験発癌では、胆汁酸が発癌過程だけでなく、癌の進展過程へも影響することを示すデータを蓄積しつつあります。胆汁による実験癌のゲノム解析の結果から、細胞骨格と細胞膜との結合に関与するEzrinの増幅に注目してきましたが、それが(おそらくEMTを介して)癌の進展に重要な働きをしていることを示す論文(Saito et al., 2013)も出すことができました(詳細は「研究・業績」ページをご参照ください)。

この研究と診断のバランスを保った病理の世界に学生が進むには、(病理専門医取得に必要なキャリアが、初期臨床研修を修了しなければ始まらないようになってしまった以上、原則的には)初期臨床研修後に大学院に入学するしかないように思います。その選択をするためには、学生自身が学部在籍中に「研究への親和性」を確認しておかないと、大学院に行くmotivationを持つことが難しいだろうと思います。そこで重要なのが学部学生の期間に研究との接点を持つことです。

一昨年(2012年)、入門コースと登録コースの2段階からなる本学の「研究医養成コース」が文部科学省の事業として採択され、約半年間の準備期間の後、2013年4月から特任助教によるサポート体制も整えて登録コースがスタートしました(研究医養成コース特設サイト)。私も世話人代表として運営にかかわっており、定期的なセミナーやミーティング,学会参加のサポートなどは、何とか予定通りに進んでいます。私たちの部門にも登録コースの学生が在籍しており、時間を見つけては実験をしています。ただ、本学の学部カリキュラムは他学に比べてもタイトな部分があり、これから検討の始まる新カリキュラムでは、授業の一コマの時間を短縮するなどの工夫をしなければ、このコースの発展は難しいように思われます。

このような状況で研究と診断のバランスのとれた病理医を育てるのは容易なことではありませんが、将来病理学に進む人材には、是非このコースで基礎研究のインプリンティングを受けてほしいと願っています。

病理学講座(分子診断病理学部門)教授 杉原洋行