滋賀医科大学 分子診断病理学部門

2004年までの主な成果

これまでの主要な研究テーマ

  1. 胃癌の発生と進展:胃型と腸型(分化型)腺癌の特性
  2. (未分化型)胃癌、大腸癌と食道扁平上皮癌の発生・進展にかかわるゲノム変化
  3. 消化管粘膜の再生、化生と消化管腫瘍における細胞分化
  4. ラット十二指腸液逆流モデルによる胃発癌およびバレット食道の研究
  5. 消化管癌の細胞接着と浸潤の分子機構
  6. 細胞動態解析
  7. 病理診断学

テーマ1<胃癌の発生と進展:胃型と腸型(分化型)腺癌の特性>

分化型胃癌は腸上皮化生に由来し、腸型と分類されるという考え方が欧米を中心に一般化しているが、私たちは胃癌の大半は固有胃腺に由来し、腸型と分化型とは明確に区別すべきであると考えている。その出発点は、実験胃癌では腸上皮化生を伴わず発癌することが多いのに、なぜ分化型胃癌に腸型があって胃型が無いのかという素朴な疑問から、ヒトの微小癌を用いて、分化型胃癌が固有胃腺の増殖帯や過形成性ポリープからも発生することを明らかにしたことであった(Hattori, 1985; Hattori, 1986)。そして、一般の胃癌の多くが固有胃腺から発生したことを裏付けるため、胃癌の分化形質を調べたのである。

その結果、分化型でも(Kushima et al., 1993a; Kushima et al., 1993b)未分化型でも(Bamba M et al. , 2001)、またEBウイルス関連胃癌でも(Moritani et al. 1996)、初期では胃型の分化形質が一般的にみられ、腫瘍の生長とともに腸型形質が出現してくることを明らかにした。一方、純粋に腸型の胃癌は、早期から(大腸癌でみられる)APC遺伝子のLOHが高頻度でみられ、ゲノムレベルでも腸型の変化をしていることが分かった(Wu et al., 1998)が、これらは(分化型胃癌においても)比較的まれであった。また、分化型胃癌の特徴のひとつとして境界病変の存在があげられる。最近、胃の低異型度腺腫と高異型度腺腫(狭い意味での境界病変)の粘液形質を調べると、前者に純粋腸型が多く、増殖細胞も限局して分布していたのに対し、後者は大半が胃腸混合型で、分化形質だけでなく増殖細胞の分布も不規則であった。このことから、それ自体安定な腸型低異型度腺腫から発生してくる癌はきわめてまれと考えられ(Tsukashita et al., 2001)、これは上述の腸型胃癌が実際に少ないことの一つの理由になっている。これらの結果は、長年世界的に採用されてきた(”腸型”を主要なタイプとして認めた)胃癌の分類と(腸上皮化生を前癌病変のひとつと考える)組織発生の概念に変革を迫るものである。この「胃型」腺癌の概念は日本ではかなり定着してきたが、国際的にも広く受け入れられるに至るまでには、まだ時間を要するように思われる(服部他., 1995; 服部他, 1999; Hattori et al., 2001a)。

境界病変から癌への進展に、β-カテニンなどの接着関連分子が関わっているかどうかを調べたが、直接的な関わりは否定的であった(Tsukashitaet al., 2003)。一方、CGHによる染色体解析(テーマ2参照)を応用して、胃の腺腫内癌が腺腫に由来することを染色体変化の面からも明らかにすることができた(九嶋他, 2003a)。このような染色体解析により、境界病変と腺癌との系譜上の関係も明らかになって行くであろう。

テーマ2<(未分化型)胃癌、大腸癌と食道扁平上皮癌の発生・進展にかかわるゲノム変化>

このテーマでは、まず、特定の遺伝子と腫瘍の発生・進展との関係を調べることから始めた。p53と胃癌の進展(Kushima et al., 1994)の関係やK-ras変異からみた大腸癌の発生(Ohmura et al.,1995)、そしてE-cadherin のLOHは未分化型に、p53やAPCのLOHは分化型に比較的多いこと(Kimura et al, 1998)、胃癌の分化型と未分化型で、遺伝子増幅を起こす遺伝子の種類が異なるだけでなく、増幅の起こる時期が分化型の方が未分化型よりも早いこと(Tsujimoto et al.,1997)、p53蛋白の核内陽性像は、EB virus関連胃癌ではp21の発現亢進を伴うwild-typeの過剰発現を、EB(-)胃癌ではp21の発現亢進を伴わない変異p53蛋白の蓄積を反映していることが多く、前者では進行癌への進展が抑制されていること(Moritani et al., 2002a)などを明らかにしてきた。また、癌抑制遺伝子drsに関連して微生物学講座と共同研究を行っている(Mukaisho et al., 2002b)。

食道扁平上皮癌の研究は、本学消化器外科と共同で行っており、遺伝子に関しては、サイクリンD1の過剰発現(Naitoh et al., 1995)、p16の不活化(Tokugawa et al., 2002)の解析を行ってきた。後者では、p16のプロモータ領域のメチル化、蛋白発現、およびLOHの解析を腫瘍内の多数箇所で行い、病巣内に詳細にマッピングした結果から、two-hit mechanismで起こるp16のsilencingが、メチル化によるかLOHによるかが個体によって決まっていること、メチル化でsilencingされた後にも、追い討ち的にLOHが付加してくること、そしてその付加が起こることが癌の進展と深く関係していることなど、意外な事実を読み取ったもので、私たちのアプローチの特徴がよく表れている。p16とp14の不活化は胃癌でも調べている(Tsujimoto et al., 2002)。

以上は特定の遺伝子から出発した研究であったが、腫瘍の形態に表れてくるさまざまな変化の原因をゲノムレベルで探索するためには、ゲノム変化の全体像を押さえる必要がある。具体的には、現在、腫瘍内の多数箇所から採取したサンプルに対して、CGHやゲノムマイクロアレイなどのゲノム変化の網羅的な解析を行い、個々のゲノム変化の時間的シークエンスを推定するとともに、ゲノム変化のパタンと細胞の形態的機能的変化との関係を調べている。特定の遺伝子(発現)の変化も、今後はマイクロアレイ解析によりその発現の意味をゲノム変化の全体像の中に位置付けた上で、更に解析を進めようとしている。

主な対象は、食道癌と未分化型胃癌である。後者は、印環細胞癌として粘膜内で高度に分化しているときは表在性にゆっくりと生長するが、ゲノムの倍加を伴う急性転化により、低分化となり高い浸潤性を獲得するという、進展研究には恰好の材料である(Sugihara et al.,1987; Sugihara etal.,1993; 杉原他, 1996)。しかし、このタイプの胃癌では癌細胞が正常細胞と混在していることが多いため、microdissectionによっても、癌細胞だけを取り出してそのゲノムを解析することが容易ではなかった。私たちはcell lineを使ったモデル実験(Okada et al., 2000; 杉原, 2001)や食道癌への応用を平行して進めながら工夫を重ね、最近ようやく未分化型胃癌でも個々の腫瘍のclonal evolutionの具体的な過程を染色体レベルで推定できるようになった。(食道扁平上皮癌は間質成分が比較的少なく、原発腫瘍でも純粋な腫瘍細胞が得やすいので、新たな技術分野に踏み込む際に、その技術をまず使いやすい食道癌に応用してきたことが胃癌の研究にも役立ってきた。)その結果、進展の早期に変化し、早期、進行期を通じて多く見られる染色体変化や、ゲノム全体の不安定性を高める染色体変化、早期から進行期への進展と共に見られるようになる染色体変化、さらには、ゲノムマイクロアレイにより、染色体変化の標的となる候補遺伝子も明らかになってきた。一方、これらの染色体変化全体のパタンを早期と進行期で比較することにより、進行期未分化癌のうちnonsolid typeの低分化腺癌の大半は印環細胞癌に由来することが推定された(Peng et al., 2003)。

このような手法により、種々の組織型の胃癌で系譜を解析し、初期のゲノム変化のパタンに基づいた胃癌の分類を構築していきたいと考えている。食道癌でも進展初期に起こる染色体変化と後期に起こる染色体変化を明らかにするとともに、DNA ploidy解析をあわせて行うことによって、異なる染色体変化を蓄積したサブクローンのそれぞれにおいてゲノムの倍加が独立に起こることを明らかにした(Kamitani et al., 2002; Shiomi et al.,2003)。このようなCGHによる染色体解析を武器とした病理学的な問題へのアプローチは、他の腫瘍にも応用が期待できる。

腫瘍の染色体解析は、進展過程だけでなく、腫瘍発生についても情報を与えてくれる。従来field carcinogenesisにより多発病変が癒合してできたと理解されることの多かった表層拡大型の胃癌は、染色体変化から見ても、大半が単クローン性であることが明らかになり、これはX染色体の不活化現象を利用したクローン解析(HUMARA法)の結果(Bamba M et al, 1998)とも一致する。このことは、早期胃癌の自然史がきわめて長いことを示しており、検診による早期発見の努力を支持する、大きな意味を持っている。最近、HUMARA法を食道癌に応用し、食道の表層拡大型腫瘍も同様に単クローン性であることがわかったが、癌に隣接する前癌病変がしばしばmulticlonalであったことから、腫瘍発生の初期に存在した複数のクローンの一つが他を凌駕して最終的に単クローンとなったものと考えられた(Tamura et al., 2001)。

テーマ3<消化管粘膜の再生、化生と消化管腫瘍における細胞分化>

このテーマに関しては、腫瘍そのものだけでなく、腫瘍発生の場である正常粘膜における細胞動態(服部, 1984)と、腺管の萎縮、再生および化生における細胞の増殖と分化の変化に注目し、それらを詳細に解析した上で、それらがどのように腫瘍発生にかかわっているかを明らかにしてきた。具体的には、胃液の酸度低下による高ガストリン血症の影響について人体と実験系の両面から調べ、胃内分泌細胞腫瘍の発生過程を解析した(Konishi, 1995)。また、消化管粘膜の修復時に出現する「偽幽門腺化生」は、実際には多方向の分化を伴っていることから胃上皮化生と言うべきであることを指摘し(Kushima et al., 1997;Kushima et al., 1999a;Kushimaet al., 1999b)、これが慢性炎症を背景にした消化管粘膜の修復における共通の現象であることを明らかにした(九嶋, 2000)。さらに胃上皮化生や細胞の脱分化に関連して発生する腫瘍について、ドイツ共和国との共同研究も行ってきた(Kirchner et al., 2001;Kushima et al., 2002)。また、粘膜萎縮について国際共同研究にも参加した(Rugge et al., 2002)。Helicobacter pylori胃炎に関しては、肥満細胞のかかわりというユニークな観点からも研究を行ってきた(Nakajima et al., 1997;Bamba N et al., 2002)。Helicobacter 胃炎と胃癌発生の関連性についても、スナネズミや臨床検体を使った研究を行ってきた(服部他, 2001b)。

テーマ4<ラット十二指腸液逆流モデルによる胃発癌およびバレット食道の研究>

このテーマでは、主として十二指腸液逆流手術を行ったラットの発癌過程を調べている。ヒトの残胃癌が胆汁を含む十二指腸液の逆流により発生することが指摘されてきたが、私たちのグループはラットによる実験でこれを証明し(Miwa et al., 1994)、胆汁逆流による胃癌が通常型胃癌とは異なる経路で(粘膜修復に伴う化生に関連して)発生することを明らかにして、その経路をGut regenerative cell lineage (GRCL)と名づけた(Mukaisho et al., 2003)。GRCLは、ヒト消化管の修復に共通してみられる胃上皮化生(テーマ3)も包括する概念である。欧米では胃の発癌過程がmetaplasia-dysplasia-carcinoma sequenceという一次元的なドグマで理解されており、化生は初期の遺伝子異常の結果として位置付けられているが、私たちは化生を再生に伴う幹細胞の反応として、基本的に発癌過程とは区別してとらえている。化生は発癌の「場」の問題と考えている。また、胆汁を含む十二指腸液が胃から更に食道に逆流することでBarrett食道が発生することを世界に先駆けて報告した(Miwa et al., 1996;中野, 1996;宮下他, 1999)。更に食道空腸吻合による食道への胆汁逆流モデルを独自にあみ出し、ラットに効率よくBarrett食道および腺癌を発生させることに成功し、それがGRCLを場にした発癌であることを示した(Kumagai et al., 2003)。最近、そのモデルにニトロソ化合物の生成を抑制するnitrite scavengerであるチオプロリンを投与することによって、発癌を阻止することにも成功したが、興味深いことに、Barrett食道そのものは有意には減少しなかった(Kumagai et al, 2004)。

テーマ5<消化管癌の細胞接着と浸潤の分子機構>

消化管癌の細胞接着と浸潤の分子機構に関しては、主として胃の未分化型胃癌を用いて研究している。未分化型胃癌では、細胞接着の異常により腫瘍細胞がバラバラになる傾向があるが、それが即浸潤につながるものではないことを、接着因子複合体(E cadoherin- β catenin complex)の構成分子の発現異常や腫瘍内部位による分子構成の多様性を丹念に調べることによって明らかにしつつある。Exon skippingによるE-カドヘリンの発現異常については、ドイツ共和国と共同研究を行っている。またこれまでE-cadoherin,catenins, APCなどの接着関連因子に関し、英国とも共同研究を行い(Efstathiou et al., 1998;Ohene-Abuakwa et al., 2000)、そこから独自の研究も展開してきた(Noda et al., 2002)。

テーマ6<細胞動態解析>

細胞動態解析は、テーマ1~5と組み合わせて行ってきた(服部他, 1994)が、単独でin vivoおよびin vitroの細胞周期解析も行ってきた。そのような仕事に、BrdUによるアポトーシスやcell cycle arrestとp53の関係をみたものがある(Yao, et al., 1998;Zhan et al., 2000;Peng et al., 2001)。BrdU標識は細胞増殖解析に現在最もよく用いられているが、これらの研究から、BrdU取り込みによるDNAの変化がwild-type p53によって検知され、cell cycle arrestやapoptosisが起こるだけでなく、p53-independentにもcell cycle arrestが起こることがわかり、長期にわたるBrdUの取り込みによって細胞動態解析を行うことには問題があることを示した。

テーマ7<病理診断学>

病理診断学の外科病理学のフィールドでの研究も少しずつ増えてきている。これまでは研究領域と重なっていた消化管の診断病理の研究が主であった(服部, 1998; 九嶋他, 1998; 九嶋他, 2003b)が、最近はこれまでのアプローチを消化管以外の診断病理(Moritani et al.,2002b; Moritani et al, 2002c; Moritani et al., 2003; Tomoda et al., 2003)やMicrowave照射後の組織変化の解析(第一外科との共同研究)(Mukaisho et al., 2002a; Mukaisho et al., 2002c)などにも応用して成果をあげている。