病理からみたCPC:多彩な塞栓症を示した胆管細胞癌の一例

滋賀医科大学 病理学第一講座: 杉原 洋行, 塚下 しづき
公立甲賀病院 内科: 山平 めぐみ
同中央検査室: 山本 昌弘, 辻岡 俊幸

要旨
 58歳女性の剖検症例。死亡する2ヶ月前に肝右葉に径8 cmの腫瘤がCTで発見されたが、その腫瘤は1年9ヶ月前の造影CTでは認めなかった。胆管細胞癌を疑うも手術適応なく、感染と疼痛のコントロールを行っていた。剖検で胆管細胞癌が確認され、DICの原因は化膿性胆管炎ではなく胆管細胞癌の広汎な壊死と推定された。倍加時間が2ヶ月と比較的短かったのも壊死が腫瘤の体積に寄与しつづけたためと考えられた。肺を除く多臓器に小転移巣がみられ、非細菌性血栓性心内膜炎と全身の血栓塞栓症を伴い、心筋梗塞も合併していたが、主たる死因はDICによるARDSに肺塞栓症を合併した呼吸不全と考えられた。この腫瘍の生長動態、転移経路、そして血栓塞栓症とそれによる虚血性変化のsequenceについて考察した。

 本院でのCPCは昨年から始まり、2ヶ月ごとに開かれ、これまでに7回を数えている。
 CPCでは、私たち病理医は、正解を語る「神の声」として登場するように思われるかもしれないが、私たちにとってCPCは、剖検で得られた情報と(剖検時に提出していただく)臨床情報の概要から、想像で補いながら組み立てた病態のストーリーがどこまで臨床的に受け入れてもらえるかが試される時である。CPCは臨床医だけでなく病理医にとっても貴重なトレーニングのチャンスと考えている。
臨床では、流れる時間の中で患者の経過を追える一方、(ピンポイントで生検し手術材料を得ることはできても)患者の組織の全貌はブラックボックスである。剖検は、そのブラックボックスを開く作業だが、そのときにはすべてが終わっていて、時間は止まっている。剖検は、その時間の止まった組織の中に、時間の痕跡を見つけ出し、時間軸を遡って病態の全貌に迫ろうとすることに他ならない。時間の止まった世界から、どの様に時間の痕跡をさがすのだろうか。この小文では、症例に即してそれを具体的に語ってみたい。


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 症例は、58歳女性で、某年11月に死亡された。3年前より高血圧と便秘症で本院外来に通院していた。断続的な発熱と右季肋部痛が数週間続くために同年9月に入院となった。前年2月の腹部CT(図1a)では肝には径約1.5 cmの血管腫をS6に認めるのみであったが、入院直後の9月の腹部CTで血管腫に加えて径8 cmのmassが肝右葉に発見された(図1b)。ALP 697 IU/L, γ-GTP 184 IU/L、CEA 24.8 ng/mL, CA19-9 990 U/mL, AFP 2.4 ng/mLで消化管にも変化はなかったので胆管細胞癌が疑われたが、手術適応がないと判断されたため感染症をコントロールした後に退院となり、外来にてペインコントロールを行っていた。11月に起床時より両上肢脱力と尿失禁を認め、強い疼痛を訴えたため再入院。WBC 14,900(→ 34,100)、Plts 59,000(→ 6,000)、CRP 19.73、発熱もあった。傾眠傾向と失調性呼吸認めたために頭部CTを撮るが、所見なく、DIC、代謝性アシドーシスが進行し(Cr 1.6 mg/dL, K 5.9 mEq/L, T-bil 4.2 mg/dL, ALP 2020 IU/L, LDH 1657 IU/L, FDP 80 µg/mL, Fibrinogen 85 mg/dL)、入院9日目に多臓器不全にて死亡された(括弧内のデータは死亡当日のもの)。DICの原因として、化膿性胆管炎、腫瘍の壊死が考えられた。

 剖検は死後3.5時間で行われた。主要な剖検所見は表1に示した通りである。
 これらが相互にどういう因果関係でつながっているかを考えながら、時間の痕跡を拾い集めてみよう。まず、この症例は2年前には捉えられなかった腫瘍で亡くなっている。臨床的には、このような経過はまれではないのだが、この腫瘍はどのくらい前に発生したのかを考えてみる。固形腫瘍では、時間は腫瘍のサイズに反映されている。腫瘍は一個の腫瘍細胞に由来するクローンであるので、腫瘍細胞を一辺10 μmの立方体と考えると、径1 cmは2の30乗 個、径10 cmは2の40乗 個で、それぞれ30回、40回の体積倍加を重ねたことになる。体積倍加時間をDとすると、腫瘍が発生してからの時間はそれぞれ30D, 40Dとなる(1)。CTで径8 cm(39D)の腫瘤が発見され、その2ヵ月後の剖検では径11 cm(約40D)になっていたので、D=約2ヶ月となる。(これは肝のような充実性の臓器で生長する原発腫瘍としては、速い方である。通常、Dはだいたい3ヶ月前後である。なぜ生長が速くなったのか。組織を見ると、癌細胞の分裂活性が特に高いわけではない。腫瘍の大半は壊死に陥っていた(図2a)。(おそらく腫瘍が血管を破壊して生長したために)壊死が起こりやすく、かつ壊死が十分吸収されず体積に寄与しつづけたためと考えられる。ヒトのがんが一般的にそうであるように、Dが一定である(すなわち腫瘍が指数関数に従って生長する)と仮定すると21ヶ月前のCTで発見できなかったときのサイズは、40 – 21/2 = 29.5 Dで、1 cm弱であった。このくらいであればCTで見えてもよいが、壁の肥厚した胆管内で生長していたために、腫瘤として認識できなかったであろう。剖検時の肝腫瘍のほぼ中心部に、腫瘍浸潤のために著しく壁の肥厚した胆管が見られたのは、そのような早期の病変の名残とも考えられる(図2a)。腫瘍が発生してからは29.5 x 2=59ヶ月(約5年)経っていたと計算できる。ただし、上で考えたように、胆管内で表在性の生長をした場合は(cell lossが多くなるために)Dが長くなるので、これは最小見積もりである。
 この症例では腫瘍の転移が皮下、心臓、腎像、副腎、膵、肝、空腸、甲状腺など多臓器に見られたが、いずれも径が約1 cmまでの小さなもので、転移が死因となったのではない。不思議なのは肺転移が無いことである。肝から全身に転移するためには肺を通過しなければならない。通常はこのような状況では肺にも転移巣があることが多いのだが、この症例のように無いことも実はまれではない。胃癌(印環細胞癌)の(肺転移を伴わない)骨髄転移や髄膜転移など、多くの例があるが、比較的特徴的なのは分化度の低い癌に多いということである。この癌も低分化腺癌であった(図2b)。どこに転移するのかは、歴史的には、癌細胞を運ぶ血液の流れ(解剖学的な血管の走行)によってメカニカルに決まるというEwingの考え方(1929)と癌細胞側の要因だけではなく、その臓器の環境が癌細胞の生長を許すかどうかによって決まるというPagetの考え方(1889)があった(2)。両方とも正しいのであるが、この症例では、癌細胞という「種」が、肺という「畑」とは相性が悪かったというPagetの考え方で説明しなければならない。癌細胞は毛細血管を通過しうるというのがPagetの考え方の前提にあり、これは最近の研究でも裏付けられている(2)。
 またこの症例では体循環(動脈系)でも塞栓症が見られ、心筋梗塞(後壁)、腎梗塞、脾梗塞を起こしていた。静脈系の塞栓と異なり、基本的にフィブリンからなる、一部器質化した白色のミクロ塞栓であった。その原因は大動脈弁に見られた比較的大きな(ほとんどフィブリンから成り一部基質化した)疣贅と、心筋内微小転移巣が左室側壁の内膜をruptureした部分にできた壁在血栓(剖検時には血栓そのものは見られず転移巣が露出していたが)とが考えられる。後者は微小であり、塞栓内に腫瘍細胞が見られなかったことからも、主として前者、nonbacterial thrombotic endocarditis(NBTE)が原因と考えられた。大動脈弁の疣贅は脆く、剖検時径1 cm程のものがright coronary cuspに、より小さなものがnoncoronary cuspに残っていた。大きい方は器質化があったことから、少なくとも一週間程度たっていたと考えられる。僧帽弁にも径3 mm程の小さな疣贅がみられたが、こちらは器質化が無く、終末期のもの(terminal endocarditis)で塞栓の原因とはならなかったと考えられた(図5)。動脈系の塞栓症は、膵癌311例を調べた報告では2例(0.65%)にみられ、いずれもDICを伴い、一例はNBTEを伴っていたという(3)。本例も同様の病態であったと考えられる。
 左室後壁の心筋梗塞は、新鮮な凝固壊死と好中球浸潤の見られる1-3日後の部分、マクロファージの浸潤が目立つ4-7日後の部分、肉芽形成のみられる8-10日ほどたったものがモザイク状に見られ、またright coronary arteryの末梢枝にミクロ塞栓が複数検出できたことから、上述のright coronary cuspの疣贅から繰り返し小さな塞栓が飛んだことによると考えられた(図6)。
 肝臓には微小な虚血性壊死巣が散在していた。マクロファージの浸潤の目立つ4-7日たったものや、肝細胞の凝固壊死の残っているより新鮮なものがみられた(図7a,b)。類洞内にフィブリン血栓が多くみられた(図7c)ことから、これらはDICによるものと考えられる。同様の微小梗塞は心臓にも(左室のほぼ全周に)散在していた。フィブリンからなる微小血栓は腎にもみられた。
 DICの原因は、化膿性胆管炎が無かったことから、腫瘍の壊死によるものと考えられた。これにより凝固促進物質が血中に流入し、フィブリンの微小血栓ができるとともに大動脈弁や静脈系にも血栓が形成され、血栓塞栓症を起こしたと考えられる。微小血栓やミクロ塞栓により肺は虚血に陥り、そのために血管透過性が上がり、硝子膜形成を伴う肺水腫が広汎に見られるに至り(ARDS)、マクロ塞栓の影響も重なって呼吸不全で死亡されたと考えられる。心筋梗塞は貫壁性だが比較的限局性であったために、左心不全が前景に出ることが無かったのであろう。そのために肺うっ血は軽度で、肺塞栓は肺梗塞に至らなかったと考えられる。また肺塞栓による右心負荷を反映して、強いうっ血が肝の小葉中心性に見られた。以上の所見は、死亡直前の胸部X線写真で、肺水腫が左肺門部に乏しく、主として末梢肺野にみられたこと(図8)とも符合する。図9に推定した病態の全体像を書いてみた。
 今回は、腫瘍の生長を年のオーダーで、塞栓症の時間経過を日のオーダーで推定することを通して、時間を遡る病理の考え方の一端を紹介した。剖検が、臨床的なブラックボックスを実際に開くことによる臨床的な推定の検証であるように、CPCは病理医が剖検所見から病態を推定した仮説が臨床的な検証を受ける貴重な機会である。一方、病院にとって剖検は、臨床担当医と患者家族との信頼関係があってはじめて可能になることから、病院全体のポジティブな評価につながるだけでなく、患者と医師ら医療スタッフとの関係を良いものにして行くdriving forceにもなり得る。剖検の承諾を得ることが、臨床担当医の病院に対する貢献として病院から相応の評価を受け、encourageされるシステムがあってもいいと思うのだが。

参考文献
1. 藤田晢也. 癌の自然史のキネティックス-1個の癌細胞から臨床癌まで. 消化管癌の発生と自然史(加藤洋編)、金原出版、pp. 15-24, 2000.
2. Fidler IJ. The pathogenesis of cancer metastasis: the ‘seed and soil’ hypothesis revisited. Nature Reviews/Cancer 3:453-458, 2003.
3. Schattner A, Klepfish A, Huszar M, Shani A. Two patients with arterial thromboembolism among 311 patients with adenocarcinoma of the pancreas. Am J Med Sci 324: 335-338, 2002.


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