重症急性膵炎の一例

滋賀医科大学 病理学講座 分子診断病理学部門: 向所 賢一, 杉原 洋行
公立甲賀病院 内科: 八木 勇紀, 南部 卓三
同中央検査室: 山本 昌弘, 辻岡 俊幸

要旨
 60台後半男性の剖検症例。心窩部痛に対し、近医受診するも改善せず、某市民病院受診。急性膵炎と診断され、入院加療を受けたが改善ないため、発症4日目に当院紹介入院。既往歴としては、40年前に胃潰瘍に対して胃切除術、胆石症に対し、3年前に胆嚢摘出術を受けている。飲酒歴は、3-4合/日である。臨床所見及び病理解剖所見から膵炎の原因は総胆管結石と考えられた。急性膵炎から仮性膵嚢胞となり、膵壊死巣への感染がコントロールできず敗血症に伴う多臓器不全により死亡された。この症例の治癒経過を振り返り、結石性膵炎(特に胃切除後などのERC困難例)に対する治療法や、膵炎発症後4日以上の経過例に対する動注療法の可能性などについて考察した。


このページは本文のみ収載しております。図表はこちらのページをご参照ください(別タブで開きます)。


はじめに
 Mortui vivos docent(屍は生きる師なり)。臨床医が病理解剖の承諾を御遺族に依頼する際の目的は、もちろん“死因の究明”であるが、病理解剖には、主治医の意識及び患者様の経過により大きく分けて2通りあると考えられる。一方は、画像診断の発達とともに最近は少なくなってきたが、ほとんど病態が把握できないまま患者様が亡くなられた時に行われ、他方は、主疾患は明らかであり、加療したが救命することが出来なかった際に行われる。後者は、臨床医の救命出来なかったことに対する深い反省と、御遺体から学ばせて頂いたことを今後の医療に役立てたいという強い熱意から行われる病理解剖である。今回の重症急性膵炎から多臓器不全を来たし死に至った症例もこれに該当する。急性膵炎は、良性疾患でありながら、いったん重症化すると予後の極めて悪い疾患であり、我が国において死亡率は、10.3-21.7%に達する (1)。急性膵炎の原因は、アルコール性、胆石性、特発性の三大成因が大部分を占める。以前は積極的に外科治療を行っていたが、現在では、治療法の基本は、内科的治療となっている。今回の症例の検討をしていきたい。

症例
臨床経過
 症例は、60台後半の男性で、某年3月13日より心窩部痛があった。近医受診するも改善せず、某市民病院受診。急性膵炎と診断され、入院加療を受けたが改善ないため、当院紹介入院となった。既往歴としては、40年前に胃潰瘍に対して胃切除術、胆石症に対し、3年前に胆嚢摘出術を受けている。飲酒歴は、3-4合/日である。
 当院入院時現症(某年3月15日)、体温37.1 ℃、血圧160/84 mmHg、 脈拍104 回/分・整。眼瞼結膜に貧血を認めず。表在リンパ節触知せず。心音異常なし。両肺に湿性ラ音を聴取した。腹部は平坦。心窩部に圧痛はあったが、軟で、腹膜刺激症状は認めず。肝臓及び脾臓は触知せず。下腿浮腫を認めた。某市民病院及び当院受診時の血液検査データを示す(図 1, 2)。当院転院時に、膵炎発症後4日経過していたことと、診察上は腹膜刺激症状を認めなかったことより、動注療法は施行せず、保存的治療にて一時急性膵炎の症状は軽快した。当院での上腹部CTにて総胆管の著明な拡張と石灰化を認めたため(図 3)、膵炎の原因としては総胆管結石が疑われた。入院加療後、全身状態も改善傾向にあり、入院時 36.5 mg/dLであったCRPが、4月1日の時点では、10 mg/dLまで改善していた。
 しかし、4月4日頃より再度発熱を認め、4月5日の血液検査にて再度CRPが25 mg/dLまで再度上昇、その後抗生剤の変更により、一時CRPの低下を認めたが、4月9日の腹部CT検査で仮性膵嚢胞を指摘された(図 4)。4月12日には呼吸・循環不全を認めたため、挿管を行った。翌13日には、仮性膵嚢胞の感染を疑い、心窩部及び右側腹部にドレナージ術を施行した。ドレナージ術施行後、一時呼吸不全より離脱、酸素投与も中止となったが、ドレーンよりMRSAを検出後、感染がコントロールできず、4月27日永眠された。
病理解剖所見
 膵炎の原因及び膵臓の状態(膵炎の程度)、腹腔内膿瘍の状態を明らかにし、この症例に対し行われた治療を評価するために、ご遺族の承諾を得て、死後約12時間で病理解剖が行われた。剖検所見を(図 5)にまとめた。まず、肉眼所見を記述していくと、開腹すると黄色混濁の腹水が50 mLあり、上腹部に癒着著明(図 6)であった。癒着を鋭的に剥離するとけん化物を含む仮性嚢胞を認めた。また、右側腹部にも膿瘍の形成を認めた。膿瘍腔は互いに交通性があったと考えられる。黄色透明の胸水を認め、左/右:250/200 mLであった。心嚢水は、淡黄色透明で30 mL認められた。肺の重量 左/右:660/830 gで、両側圧出液量多量。鬱血著明。胃切除後、Billroth II法で再建されており、胃粘膜は全体的にびらんを認め、胃体上部にひきつれ(膵炎による癒着による)を認めた。胆汁排泄試験は、陽性であったが、総胆管は、約2.5 cmと著明に拡張し、最大約15 mmの結石を多数認めた。肝臓の重量は1420 g、表面は平滑だが、割面はややまだら状。膵頭部には、膿瘍の形成を認めたが、膵体尾部は残存していた。脾臓の重量は、110 gで柔らかく、割面はまだら状で、やや白色調、肉眼的に感染脾の状態が疑われた。腎臓の重量は、左/右:200/150 gと著明な重量の増大を認め、割面の所見からは強い鬱血が疑われた。
組織学的所見
 次に組織像をみてみよう。まず、膵には、膵頭部から体部を中心として実質の広範な壊死と周囲の脂肪壊死を認め、急性膵炎の像を認めた(図 7)。また、膵及び膵周囲には膿瘍の形成も認められた。肺には著明な肺水腫及び肺胞内には硝子膜の形成を認め、成人呼吸窮迫症候群(ARDS)の状態にあったと示唆された(図 8)。これは、重症急性膵炎では、活性化された各種酵素やサイトカインなどが循環血液中に流入することにより循環器及び呼吸器系の状態を悪化させ、ARDSを引き起こしたためと考えられる。肝、心、腎には、微小膿瘍を認め(図 9、10)、脾臓は、感染脾の状態にあった。また、両側胸水及び肺鬱血を認め、肺内に心不全細胞の出現を認めたことから、慢性心不全の状態であったことが示唆された。心に微小膿瘍が彌慢性に認められたことが、心不全をきたした要因と考えられる。また、肺、腎の血管内にカンジダの菌体を認めた(図 11)。腎の一部に微小血栓を認め、組織学的にDICの状態が示唆された。また、局所的に急性尿細管壊死を認め、尿細管の再生像も認められた。以上より、総胆管結石により誘発された急性膵炎が重症化し、感染(カンジダ、MRSAなど)を合併、敗血症、DICの状態となり、重症膵炎にて引き起こされたARDSが悪化、呼吸不全及び心不全に至ったと考えられる。上記解剖所見をシェーマ化すると図12のようになる。

考察
 今回、まず問題になるのは、急性膵炎の原因である。本症例は、胃切除後であり、胆石症を合併しやすい状態であった。3年前に胆嚢摘出術を施行されているため、入院後の腹部CT検査に胆嚢及び胆嚢結石のように見えたlow density area及びhigh density areaは、著明な拡張を伴う総胆管と総胆管結石であった。実際、病理解剖にても総胆管径約25 mmという著明な拡張と総胆管内に多数の結石を認めた。また、某市民病院受診時の血液検査にて、AMY 1939 IU/Lの上昇に加え、GOT 307 IU/L, GPT 174 IU/L, LDH 832 IU/L, ALP 523 IU/L, γ-GTP 1451 IU/L, T-Bil 6.96 mg/dLと肝、胆道系酵素の著明な上昇を認めた。以上より膵炎の原因としては、この総胆管の結石が関連していた可能性が強い。また、病理解剖所見として肝のグリソン鞘周囲に、好中球を少数含む慢性炎症細胞浸潤を認めたため、軽度の胆管炎を合併していたと考えられる。
 今回の症例は、胆石性重症急性膵炎から多臓器不全を来たし、死に至った典型例であるが、特に治療方針については、この症例から学ばなければいけないことは多い。2003年7月に我が国で急性膵炎に対するガイドラインが公表された(2)。ガイドラインでは成因が非胆石性と胆石性で初期治療方針に違いがあり、胆石性膵炎の場合で、胆管炎もしくは胆道の通過障害があれば、まず第一に緊急内視鏡的逆行性胆管造影(ERC)や内視鏡的経鼻胆管ドレナージ(ENBD)を施行し、総胆管結石の除去や総胆管ドレナージを施行する事となる。今回の症例は、不運なことに胃切除術―Billroth II法再建後であり、ERCが困難なことが予想された。また、転院時の血液検査結果から胆石による胆道の通過障害の可能性は低く、来院時には、総胆管結石は嵌頓していないと考えられたためERCは施行されなかった。さらに、発症早期の動注療法導入の可能性について検討しなければならない。重症急性膵炎は重要臓器障害や、膵壊死、膵膿瘍、膵仮性嚢胞などの局所合併症を伴うが、一般的に以下の2つの病期に分類される。発症後2週間までの第1期は全身性炎症反応症候群(SIRS)の時期であり、膵壊死は発症後4日以内に完成するといわれる。第2期は、2-3週目以降にあたり、膵壊死巣への感染が成立する時期でもある (3,4)。ガイドラインでは、膵局所動注療法が推奨度C、オプションの治療法として掲載された。蛋白分解酵素阻害薬は半減期が比較的短く、膵組織に到達する薬剤濃度が低いため、これを飛躍的に高めるdelivery systemとして膵局所動注療法が開発された。膵局所動注療法施行の際の膵組織での蛋白分解酵素阻害薬濃度は同じ量を通常の点滴静注で投与した場合の約5倍である(5)。一方、抗生物質の組織内濃度もまた5-10倍と高い(6)。この動注療法は、発症早期の膵局所治療として適応すべきであり、上述の様に膵壊死が完成する4日以内の投与が望ましい。実際、72時間以内の動注症例では、極めて良好な治療成績で、死亡率が10%以内であるが、72時間以降の動注開始例は、死亡率が約2倍と報告されている(7)。今回の症例は、本院転院時にすでに4日間経過していたため、動注療法が行われなかった。しかし、感染予防の観点からは、発症後1週間であっても、抗生物質を動注する意義をとなえる報告もある(8)。さらに、もう1点今回の症例で、考察すべきは、ドレナージの時期についてである。本症例では、4月13日(第31病日)に仮性膵嚢胞の感染を疑い、心窩部及び右側腹部にドレナージ術を施行した。以前は、積極的な外科治療が推奨されていたが、現在では、感染徴候がなければ集中治療の継続、FNA(fine needle biopsy)施行後で感染性膵壊死が確認されれば、手術的に壊死に陥った膵及び周囲組織をデブリドマンを施行し、残存壊死巣をドレナージすることとしている。また、膵仮性嚢胞に対する治療の適応としては、1)腹痛などの症状を伴うもの、2)感染や出血などの合併症を生じたもの、3)経過観察中に増大するもの、等とされている。本症例は、ドレナージ施行後に一時呼吸不全より離脱、酸素投与も中止となっていることを考えると、ドレナージは有効であったと考えられるが、もう少し早期(呼吸・循環不全に陥る前)のドレナージがより効果的であった可能性も否定できない。
 今回の症例は、胃切除後でBillroth II法再建後で、総胆管結石に関連して発症したと考えられた重症急性膵炎であり、一時軽快していたが、仮性膵嚢胞から感染をきたし多臓器不全が原因で死亡された症例である。救命することは非常に困難であったことは間違いない。しかし、発症後4日を経過した時点での動注療法の施行や、総胆管結石に対しての手術的療法、また早期のドレナージ等を行っていれば、もしかしたら違った結果になっていたかもしれない。今後の重症膵炎の治療法に対し、問題を投げかける貴重な症例であった。

参考文献
1) 今村幹雄:急性膵炎の疫学—成因別発生頻度、再発率、死因、長期予後—、日本臨床、62(11): 1993-1997, 2004
2) 急性膵炎の診療ガイドライン作成委員会編: 急性膵炎の診療ガイドライン、金原出版、2003
3) Werner J, Uhl W, Hartwig W, et al. Modern phase-specific management of acute pancreatitis. Dig Dis. 21 : 38-45, 2003
4) 伊佐地秀司、上本伸二:外科的治療の適応と手術タイミング 日本臨床62(11): 2108-2114, 2004
5) 角川陽一郎:十二指腸盲管法による実験的急性膵炎に対する蛋白分解酵素阻害剤持続動注療法の効果。日消誌 87: 1444-1450, 1998
6) Hayashi J, Kawarada Y, Isaji S, et al . Therapeutic effects of continuous intraarterial antibiotic infusion in preventing pancreatic infection in experimental acute necrotizing pancreatitis. Pancreas. 13: 184-92, 1996
7) Takeda K, Sunamura M, Shibuya K, et al. Role of early continuous regional arterial infusion of protease inhibitor and antibiotic in nonsurgical treatment of acute necrotizing pancreatitis. Digestion. 60 Suppl 1:9-13, 1999
8) 武田 和憲:重症急性膵炎に対する蛋白分解酵素阻害薬・抗菌薬局所動注療法 日本臨床 62 (11): 2101-2107, 2004


online症例集公立甲賀病院CPC症例一覧>この記事