門脈腫瘍塞栓を伴った多発性肝細胞癌の一例

公立甲賀病院 臨床研修医: 今井 雄太, 小山 大河
同内科: 見島 裕之, 南部 卓三
同中央検査室: 山本 昌弘, 辻岡 俊幸
滋賀医科大学 病理学講座 分子診断病理学部門: 杉原 洋行

要旨
 70歳代男性の症例。数年前から高血圧、糖尿病にて当院外来で治療を受けていた。某年1月末、食欲不振、腹部膨満感が出現。同年3月末、血液検査にて肝機能障害を認めた。アルコール多飲歴があり、B型・C型肝炎ウイルスマーカーはともに陰性。その後、腹部CTにて門脈腫瘍塞栓を伴う肝細胞癌と診断されたが、すでに末期状態であり、自宅療養とされた。同年4月半ば、倦怠感増悪のため入院、翌日死亡された。剖検によって多発性肝細胞癌が確定し、それがアルコール性肝炎を背景に発生したこと、最後に急激な経過をとり死に至った原因として、多発性肝癌や門脈腫瘍塞栓による肝不全状態が残存肝の虚血性壊死のために増悪したこと、胃出血による循環不全が肝虚血に関与したこと、胃内容の誤嚥など他の臓器障害も加わった多臓器不全が存在したことが示された。アルコール性肝障害と肝癌との関連について考察し報告する。


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はじめに
 今回のCPC報告は、新しい研修制度の下で昨年からCPC研修を行ってきた研修医の立場から書かせていただくことになった。本院のCPC研修では、各研修医に一例ずつの剖検症例が割り当てられる。剖検に立ち会うことから始まり、CPCでは研修医自身が臨床経過と病理解剖所見の両方を提示する。そのために、症例の担当科、放射線科や病理検査室で準備を重ね、顕微鏡写真撮影、プレゼンテーションファイルの作成まで、かなりの時間を費やしてきたが、症例を剖検所見から振り返る作業ができたことは貴重な経験となった。今回は典型的な進行肝癌の症例を報告する。
 肝細胞癌は早期に脈管侵襲をきたしやすいという特徴があり、特に門脈腫瘍塞栓を合併すると、その予後はきわめて不良であるといわれている。門脈の一次分枝や本幹に腫瘍塞栓を合併した肝癌では、肝切除を行い得たとしても平均生存期間は0.74年、3年生存率21.7%とされ(1)、切除不能症例に至っては余命数ヶ月である。今回の症例は、発見時にすでに門脈腫瘍塞栓を伴った、治療のできない高度に進行した肝細胞癌で、発見後約一ヶ月の経過で肝不全にて死亡した。この症例を通して、肝細胞癌の発生した原因、多発癌と肝内転移の鑑別、そして死に至る経過について考察したい。

症例
臨床経過
 症例は70歳代後半の男性で、数年前から高血圧、糖尿病にて当院外来で治療を受けていた。某年1月某日より食欲不振、腹部膨満感が出現した。腹部X線にて胃内に多量のガスを認めたため、上部消化管内視鏡検査を施行された。その結果、十二指腸潰瘍を認め、外来でfollowしていた。3月某日、血液検査で肝機能障害を認めた。既往歴に40歳頃虫垂炎による腹膜炎。60歳頃に糖尿病、高血圧と診断されていた。生活歴にアルコール多飲、家族歴には特記すべきことはない。来院時、体重は56.2 kg(約2か月で4 kgの減少)、眼球結膜に黄疸を強く認めた。また腹部は軟で膨満を認めたが、圧痛はなかった。血液検査(表1)で肝機能障害を認めたため、4日後に腹部超音波検査を行ったところ、大量の腹水、肝内にhigh echoicな占拠性病変、門脈内に腫瘍塞栓像を認めた(図1)。同日に行った腹部dynamic CTで、動脈相で増強され遅延相で抜ける大小多数のmassを肝全体に認め(図2)、肝細胞癌と診断されたが、すでに末期状態であり、家族の希望もあり、自宅療養としていた。
 約1ヵ月後の4月某日、倦怠感が増強し入院。症状緩和目的に、塩酸モルヒネ点滴静注を開始。徐々に意識レベルが低下した。黒色嘔吐を認めたが、全身状態不良であったため上部消化管内視鏡検査は行わなかった。事前に行った家族との相談の結果、挿管、心臓マッサージは行わず、同日死亡確認。ご遺族の同意を得て病理解剖を行った。
病理解剖所見
 病理解剖は死後約14時間で行われた。剖検所見を表2にまとめた。開腹すると多量の血性腹水を認めた。肝臓は腫大し、全体が大小多数の腫瘍により置換され、その中心には径9.5 cmの被膜に包まれた大きな腫瘍を認めた(図3)。門脈本幹は腫瘍塞栓で閉塞していた(図4)。組織ではこれらの肝腫瘍はいずれも肝細胞癌で、結節ごとに高分化から低分化まで様々な分化度を示していた。肝細胞癌では、多段階進展を反映して、分化度の高い腫瘍結節の中により低分化な成分が見られるnodule in noduleパタンをしばしば示すことが知られている(2)。この症例でも、胆汁産生の明らかな(固定後の肉眼組織で緑色の)高分化な腫瘍の中に(黄白色の)中から低分化腫瘍が見られた(図3)。門脈腫瘍塞栓は、中・低分化の腫瘍細胞からなっていたので、中・低分化の小さな肝癌結節が非腫瘍肝に直接接している像は経門脈性の肝内転移と考えられた。一方、高分化の腫瘍結節やnodule in noduleの結節も多発していたことから、同時多発性の要素もあったと考えられた。
非腫瘍性肝組織は萎縮した左葉と右葉の一部にわずかに認めた。組織では、一部にマロリー小体がみられ(図5)、好中球浸潤や門脈域から小葉内に伸びる線維化の像から、アルコール性肝炎であった。偽小葉の形成はまだ明瞭ではなく、中心静脈もみられた。小葉中心帯に、うっ血と融合性の虚血性壊死を認め(図6)、これが残存肝機能を低下させ、肝不全をもたらしたと考えられた。

 胃には明らかな潰瘍はなく、出血も認めなかったが、胃には黒変した血液を含む内容を多量に認めた。この胃内容は気管や気管支内に誤嚥されていた(図7)。組織では、肺の下葉だけでなく上葉でも、誤嚥した(胆汁や血液を含む)胃内容が細気管支の内腔に充満していた。下部食道から胃噴門にかけて軽度の静脈瘤、小腸には軽いうっ血を認めた。脾腫はなく(重量70 g)、膵は膵頭部にのう胞を認め、組織では脂肪壊死や、偽嚢胞形成を伴う急性膵炎であった。背景は線維化と主膵管内の蛋白栓を伴う慢性膵炎であった(図8)。腎臓は左/右:130/120 gで軽度萎縮していた。組織ではびまん性に尿細管が拡張し尿細管上皮の菲薄化した所見や、遠位尿細管中に濃縮された胆汁酸を含むbiliary castも認めたが、急性尿細管壊死は軽度かつ極めてfocalで、強い黄疸により惹起された(形態変化に乏しい)肝腎症候群と考えられた。
 大動脈に著明な粥状硬化、心では左冠動脈前下行枝起始部に70%の狭窄と両室拡張、肺に中程度のうっ血と水腫を認めた。

考察
 まず、多発性の肝腫瘍が原発性か転移性かが問題になった。AFP値は慢性肝炎や胆道癌、胃癌などでも見られる程度の軽度の上昇、ウイルスマーカーも陰性で、肝細胞癌の傍証は比較的乏しかった。しかし、CTで肝全体に腫瘤が分布し、hypervascularであったこと、門脈腫瘍塞栓の存在から臨床的に肝細胞癌と診断された。剖検では、腫瘍細胞に胆汁産生があり、組織学的に肝細胞癌であることが確認され、多発性腫瘍が肝内転移と同時多発の両方によることがわかった。
 本症例の肝細胞癌の背景はアルコール性肝炎で、肝硬変には至っていなかった。堀江らの報告では、アルコール性肝障害を伴った肝細胞癌症例の成因として、肝炎ウイルスマーカー陽性例が全体の66%を占め、アルコール単独によるHCC症例は全体の34%であった。その中でもHCV陽性率は58%と高く、アルコール性肝細胞癌の発症にはC型肝炎ウイルスの関与が大きいと考えられている(3)。しかし一方でウイルスマーカー陰性のアルコール性肝障害の患者にも肝癌が認められる(4)。また今回のように非癌部組織が肝硬変でない症例が大酒家の肝癌にみられることより、アルコール単独による肝癌は必ずしも肝硬変に続発するものではなく、アルコールあるいはその代謝物そのものが発癌性をもつ可能性が指摘されている(5,6)。一方、近年、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)による肝細胞癌も少なくないこと(7)が知られるようになり、ウイルスやアルコールなどの特定の物質より、それらによる慢性肝炎の方が発癌により重要であると理解されるようになってきた。
最後に死に至る過程を考察する。正常の肝細胞は、肝動脈よりも門脈優位で栄養と酸素の補給がされている。この症例では、多発性肝細胞癌によって広範に肝組織が占拠されていただけでなく、門脈腫瘍塞栓による門脈血流の低下が肝不全を進行させたことが直接の死因であろうと当初考えられていた。しかし、腫瘍塞栓は徐々に生長するものであり、その間、dynamic CTでも描出されていたような新生血管による側副血行路が発達するため、この症例に見られたような急速な肝不全の進行を腫瘍塞栓の形成のみから説明することは難しい。剖検の結果、門脈本幹が閉塞していたにもかかわらず、門脈圧亢進の所見が乏しかったことは、肝硬変に至っていなかったことだけでなく、実際に側副血行路がよく発達していたことも反映していると考えられる。残存非腫瘍肝には小葉中心性の壊死が広範に見られ、それが、肝不全が急速に進行した主な原因と考えられた。
では、なぜそのような壊死が起こったのか。その原因として少なくとも2つの病態が考えられる。一つは循環不全である。本例では(多発性の腫瘍が肝からの血流の流出路を圧迫したためと考えられる)多量の血性腹水を認め、それが有効循環血液量を低下させ、循環不全の準備状態にあった(preshock状態)。そこに強い(腫瘍の圧迫による閉塞性)黄疸でhepatogastropathy(胃の滲出性出血)が起こり、血圧低下により最も静脈側の小葉中心帯が虚血になったのではないか。アルコールによる慢性膵炎の急性増悪が見られたことも、循環不全の結果とも考えられる。
もう一つは、右心不全である。右心不全により肝血流のうっ滞が最も顕著となる小葉中心帯に虚血が起こる。本例では胃内容の誤嚥による広範な細気管支の閉塞と、換気の無いところに血液を送るまいとする反応性の細動脈の収縮(換気血流再分布)により肺高血圧から右心負荷に至った可能性もある。しかし、肝細胞壊死には好中球反応が起こっていたことから、壊死が起こってから2日程度経過していると考えられる一方、誤嚥した胃内容に対しては明らかな炎症反応が起こっていなかったことから、肝細胞壊死に誤嚥が先行したという明らかな証拠は得られなかった。
したがって、胃出血による循環不全が肝不全の悪化の契機になった可能性が高い。胃出血も肝不全の結果と考えれば、死因は肝不全ということになる。また強い黄疸から肝腎症候群による腎不全、心筋の虚血からうっ血性心不全(両心拡大肺うっ血水腫)もあったと考えられ、急性膵炎も合併するなど、末期には多臓器不全の状態に陥っていた。

まとめ
 診断時すでに治療不可能であった多発性肝細胞癌の剖検症例を報告した。ウイルスマーカー陰性のアルコール性肝炎による肝癌で、同時多発と肝内転移の問題、門脈本幹に腫瘍塞栓が存在したことの病態における意味を考える上で興味深い症例であった。

参考文献
1)Ikai I, Hatano E, Hasegawa S,et al. Prognostic index for patients with hepatocellular carcinoma combined with tumor thrombosis in the major portal vein. J Am Coll Surg 202 (3): 431-438, 2006
2) 中島収、神代正道:病理.肝・胆・膵フロンティア5 肝細胞癌-診断・治療の最前線(神代正道ほか編)、診断と治療社、東京、39-55, 1999
3)堀江義則、石井裕正、日比紀文:わが国のアルコール性肝障害の現状についての検討.日本アルコール・薬物医学会雑誌39(G), 505-510, 2004
4)山岸由幸、堀江義則、梶原幹生、石井裕正:アルコールと肝発癌.肝・胆・膵フロンティア5 肝細胞癌-診断・治療の最前線(神代正道ほか編)、診断と治療社、東京、34-38, 1999
5)Lieber CS, Garro A, Leo MA, Mak KM, Worner T. Alcohol and cancer. Hepatology 6: 1005-19, 1986
6)横山 顕、大森 泰、村松太郎他:アルコールの発癌性.日本臨牀、特別号(アルコール関連障害とアルコール依存症)629-634, 1997
7)八辻 賢、橋本悦子.NAFLDの長期予後-NASH,特に肝癌合併例について-. 日本臨牀64: 1173-1179, 2006


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