前立腺癌とクローン病の治療中に発症した急性心筋梗塞の1例

公立甲賀病院 臨床研修医: 西尾 友宏
同内科: 南部 卓三
同中央検査室: 辻岡 俊幸, 山本 昌弘
中川内科医院: 中川 雅夫
滋賀医科大学 病理学講座 分子診断病理学部門: 杉原 洋行

要旨
 約10年前にクローン病による人工肛門造設と急性心筋梗塞の既往のある70歳代の男性。数年前より近医で糖尿病の治療を受けていた。某年6月上旬、尿失禁、血尿、褐色調の下痢が出現。血液検査でCRP、PSAの高値を認め、画像診断、尿検査により前立腺癌、尿路感染症と診断された。同年9月末、血尿が続くため膀胱癌の合併を疑い膀胱鏡検査を施行。帰宅後40 ℃の発熱があったため臥床していたが、翌朝寝室で死亡後に発見された。剖検で左冠動脈前下行枝に新鮮血栓による閉塞、同部の不安定プラーク内出血が確認され、急性心筋梗塞による致死性不整脈が死因と考えられた。腎(腎盂)、遠位結腸の盲端部を含む多臓器に化膿性炎症が存在し、敗血症に至っていたが、クローン病の活動性は失われていた。急性心筋梗塞の誘因、クローン病手術後の治療効果、多臓器の炎症の原因について考察し報告する。


このページは本文のみ収載しております。図表はこちらのページをご参照ください(別タブで開きます)。


はじめに
 本院のCPC研修では臨床経過と病理解剖所見の両方を研修医が中心となってまとめ、CPCで自ら提示することによって、症例を臨床と病理の両面から振り返る機会が与えられる。今回は前立腺癌、心筋梗塞、クローン病の症例である。この症例は本院で外来通院はしていたが、最期はdeath on arrivalであったため、臨床データが乏しく、今回は最後の診療を行われた開業医の先生も交え、その情報提供を受けながらのCPCとなった。クローン病はその本態が未だ不明で、治療法も確立していない難治性炎症性腸疾患である1)。内科的治療が原則で、栄養療法、薬物療法が行われているが、内科的治療にも限界があり外科手術の適応となる症例も少なくない。本症例もクローン病による腸管狭窄のために腸管切除、人工肛門造設術が行われている。手術治療については再発率が高いことが知られているが、本症例は術後経過が比較的良好であった。このような症例が病理解剖となり詳細に病勢を評価できたことは、クローン病を理解する上で有益であったと考えられる。

症例
臨床経過
 症例は70歳代男性、数年前より近医で糖尿病の治療を受けていた。64歳で急性心筋梗塞、65歳でクローン病による大腸狭窄にて腸の部分切除と人工肛門造設術を受けた既往がある。その後は消炎剤メサラジン(ペンタサ®)の内服にてコントロールしていたが、時々空置腸管の感染による発熱があり、その都度同部の洗浄を行っていたという。家族歴、生活歴に特記すべきことはなかった。今回、某年6月上旬に尿失禁、血尿、褐色調の下痢が出現、近医で検査を受けたところCRP12.4 mg/dL、PSA:17.9 ng/mL (基準値1.1 ng/mL以下)等異常値を指摘され、本院泌尿器科へ紹介受診された。MRI所見より前立腺癌が疑われた。基礎疾患に大腸クローン病があるため、経肛門的前立腺生検は避けた方がよいとの判断から画像所見のみで診断し、ホルモン療法を開始した。7月中旬よりフルタミド(抗アンドロゲン剤)が投与され、以後リュープロレリン(GnRHアゴニスト)の皮下注も2回行われた。また尿路感染症も併発していたため抗生剤(セフジニル)投与も開始した。
 その後も血尿が続くため、同年9月末に膀胱鏡検査を施行、慢性膀胱炎の所見であった。検査による出血がややあったが膀胱留置カテーテル挿入は本人が拒否されたため、排尿障害改善薬(タムスロシン)、抗菌剤(レボフロキサシン)、止血剤(カルバゾクロム)を処方され帰宅した。帰宅途中で悪寒が生じ、近医を受診。発熱40 ℃を認め、抗生剤(フロモキセフ)の点滴とボルタレン坐剤の挿肛が行われた。帰宅後は食事をとらず臥床、家人によれば23~24時頃にはのけぞって荒い呼吸をしていたという。翌朝4時頃に妻が様子を見に行ったところ呼吸停止状態であるのを発見、救急隊を要請したが救急隊到着時には死後硬直がみられたとのことである。
 6時頃病院到着。心肺停止、頚部・下顎・四肢の硬直、背部の死斑などを確認した。死因の特定のために血液培養、頭部CT検査を行った。頭部CTでは特に所見なく、死因は不明であったが外傷等はなく病死と推察された。検死により死亡推定時刻は同日午前1時頃とされた。その後の血液培養の結果は陰性であった。ご家族より、クローン病の病勢を知りたいとの解剖要請があり、また死因特定のために病理解剖を行った。
病理解剖所見
 病理解剖は死後約10時間で行われた。剖検所見を表1にまとめた。

 心臓は重量490 gと高度に肥大し両室が拡大していた(図1)が、弁口巾は大動脈弁口巾8.5 cm、肺動脈弁口巾8.0 cm、僧帽弁口巾10.5 cm、三尖弁口巾11.5 cmと正常域内であった。心室割面では心尖部寄りの左前側壁に陳旧性の梗塞巣、左室壁全体の線維化を認めたが、新鮮梗塞を思わせる心筋の変化は認めなかった。冠動脈は、左回旋枝に80%の石灰化狭窄、左前下行枝の分岐部から3.5 cmの部位に80%狭窄と新鮮血栓による閉塞、右冠動脈に70%程度の狭窄を認めた(図2a)。組織では、血栓付着部の血管壁に粥腫内出血(図2b,c)、ヘモジデリンの沈着(図2d)を認めた。左室全体に血管周囲性の心筋の線維化を認め、心肥大の原因と考えられた。左前側壁と右室壁の心内膜下には(心拡大を反映した)心筋細胞の菲薄化を認めたが、収縮帯壊死は見られなかった。

 肺は左/右:285/400 gで右葉がやや重くなっていた。肺動脈塞栓の所見は認めなかった。組織では、肺全体にうっ血が認められたが水腫はほとんど認めなかった。右肺下葉では気管支内腔に好中球の滲出を認め、急性気管支炎の像であった。
 脳は重量1230 gと正常域内であり、脳浮腫は認めなかった。脳表面、脳底、脳断面で出血、大きな梗塞巣等異常所見認めず、脳血管は左椎骨動脈から脳底動脈にかけて動脈硬化を認めたが年齢相応であり、その他出血等は認めなかった。組織では虚血性の変化に対し最も敏感である海馬の神経細胞と小脳のプルキンエ細胞を観察したが、虚血性変化は認めなかった。
 前立腺は右葉に直径約25 mmの腫瘤を認め背側の皮膜を破壊していた(図3)。組織で高分化腺癌を確認したが、死後も体温が高かったためか、自己融解が進んでいた。

 甲状腺は右葉に直径約10 mmの腫瘤を認めた。組織では腫瘤は大小の甲状腺濾胞からなり、被膜形成が不完全であったことから腺腫様過形成であった。前立腺癌の転移の可能性は否定された。
 膀胱は肉眼的には著変がなかったが、組織で壁内にリンパ濾胞を認め、濾胞性膀胱炎の状態であった。
 腎は左/右:140/145 gでやや重く、うっ血が強かった。右腎盂に出血部位を認めた(図4a)。組織では尿細管の拡張や変性、壊死はなく、腎盂粘膜の出血部に好中球浸潤を認め、急性腎盂炎であった(図4b, c)。腎実質への好中球浸潤は認めず、腎盂腎炎には至っていなかった。
 肝重量は1340 gと正常域内。割面はうっ血が強く、まだら状であった。組織では中心静脈周囲に中等度の脂肪変性があった。また、グリソン鞘の小葉間胆管周囲に好中球浸潤を認め、軽度の急性胆管炎の像であった。
 脾は重量165 gとやや腫大していた。やわらかく、割面では泥上擦過物が多量であった。組織では好中球が多く、急性脾炎の像であった。
 大腸は脾彎曲部で人工肛門となり、下行結腸は比較的上位で盲端となっていた。回盲部から人工肛門には特に異常は認めなかった。盲端以下遠位大腸で粘膜ひだの消失、下行結腸に広範な出血と、一部に壁肥厚を伴う狭窄を認めた(図5a)。組織では、狭窄部の腸壁に粘膜筋板がなく、粘膜下から筋層に線維化が強く、かつて全層性炎が存在したことを示す所見であった(図5b)。非乾酪性肉芽腫は見られなかった。また、出血部の粘膜面には好中球の浸潤、出血を認め、感染性腸炎の像を呈していた(図5c)。

考察
 本症例の問題点として、①クローン病の病勢、②前立腺癌の確認と進行度、③発熱の原因、④死因の4つが挙げられる。まず、クローン病の病勢については、腸管の狭窄部ではかつて全層性炎症が存在したことを示していたが、肉芽腫は見られず、リンパ球浸潤もわずかで、クローン病の活動性は失われていた。
 回盲部病変はクローン病でも特徴的であるが、大腸クローン病ではその30-50%に見られるに過ぎず1)、本例でも見られなかった。ただ、クローン病はskip lesionを伴う、基本的に消化管全域にわたる疾患であるため、内科治療が基本である。瘻孔形成例でも軽度のものはTNF-αに対する分子標的治療がその治癒を促進するとの報告2)もあり、内科治療がまず行われる場合が多い。外科手術の適応になるのは、狭窄、high outputの瘻孔形成、膿瘍、穿孔などの重篤な腸管病変が存在する症例と止血困難例、難治性肛門病変のある症例、癌化例などに限られている3)。術式としては病変部を含む広範な腸切除以外に、この症例でも行われた人工肛門造設がある。後者によって炎症が存在する局所に食物が通らなくするたけでも70-80%の患者に症状の改善が見られることが知られている4)。ただ、長期の予後となるとこの症例のように術後10年近くたっても寛解を維持するものは少ないと言われている5, 6)。本症例では、人工肛門造設後長期間無症状が維持されたことが、組織学的な寛解によることを剖検によって確認できた。このことは、食物の通過がクローン病の病勢だけでなく、病態発生にも深くかかわっている4) という考え方を支持していると考えられる。
 本症例の前立腺癌は、大腸クローン病が存在するために生検が行われていなかったが、剖検で、前立腺右葉に被膜を破って浸潤している腺癌(Stage C)が確認された。他臓器への転移は認めず。前立腺に限局したものであった。
 死亡前の40 ℃に達する高熱の原因については、臨床経過からは、慢性的に膀胱炎を繰り返していたことから、感染が尿路を上行し腎盂腎炎に至ったと考えた。また、盲端となった遠位大腸での炎症(deversion colitis7) )を繰り返していたことから、そこにも感染巣があった可能性があった。剖検では、慢性膀胱炎を確認できたが、上行性感染は、腎盂炎にとどまっていた。また、下行結腸の狭窄部の粘膜に感染性腸炎が確認できた。他にも胆管炎、気管支炎と多臓器に化膿性炎症を起こしていた。剖検時には急性脾炎も認め、敗血症の状態であった。これだけの多臓器に炎症が起こった背景には、前立腺癌、前立腺肥大症による尿路の閉塞、腸管切除術後の盲端の存在以外にも、前立腺癌やクローン病に関連した免疫の低下があり、出血性炎症巣から血中へのbacterial translocationを許したのではないかと考えられた。
 左冠動脈前下行枝の粥腫内出血部は脂質やマクロファージに富み、これまでも繰り返し出血していたことを示すヘモジデリンの沈着を認め、いわゆる不安定プラークの状態にあった。急性心筋梗塞は、この不安定プラークの破綻と、それに引き続く血栓形成による冠動脈の閉塞により生じることが明らかにされている。不安定プラークの破綻のメカニズムは物理的要因(狭窄局所における冠動脈の血行動態の変化、ずり応力の変化、冠動脈攣縮など)と化学的要因(冠動脈プラーク内の炎症性サイトカイン、線溶系の活性など)が関与していると言われている8)。本症例では発症直前に全身性の炎症反応とそれに伴う40 ℃を越える発熱が起こっており、著しい交感神経の興奮状態にあったと考えられる。これにより引き起こされる全身的な血圧、心拍数の変化などにより冠動脈狭窄部位の血行動態が変化したことに加え、敗血症に伴う炎症性サイトカインや凝固・線溶系の変化により不安定プラークの破綻を引き起こしたと考えられる。
 最後に死因について考察する。前述のように、上行性の尿路感染、大腸盲端部の感染に加え、胆管・気管支にも化膿性炎症が見られ敗血症に至っていたことから、敗血症性ショックによる意識障害から死に至った可能性も考えられる。しかし、左前下行枝に新鮮血栓を認めた以上、主たる死因は急性心筋梗塞と考えるべきであろう。ただし、肺うっ血が強いにもかかわらず肺水腫をほとんど認めなかったことなどから、左前下行枝の閉塞から死に至るまでの経過はきわめて急であったと推測される。このことから、心筋梗塞による急性心不全になる前に伝道系が障害され、致死性不整脈による急性循環不全を引き起こして短時間で死に至ったと考えられた(図6)。

まとめ
 前立腺癌とクローン病の治療中に発症した急性心筋梗塞の症例を報告した。クローン病に関しては、人工肛門造設後、長期寛解が維持できた貴重な症例であった。長い遠位腸管を空置したのは、いずれ人工肛門を閉鎖して本来の肛門を回復させるためであったが、肛門が回復でき、かつ寛解が維持できるのはかなり少数例に限られる3)。本例も寛解は維持したものの、肛門回復の希望の代償として盲端への感染のリスクを背負い、最後はその代償を払った形となった。
 急性心筋梗塞に関しては発症早期での死亡例であったために臨床診断が困難であったが、病理解剖で不安定プラークの破綻を認め、この破綻の背景に前立腺癌、クローン病とその手術に関連した全身性の炎症があったことが理解できた。

参考文献
1) 岩下明徳:外科病理学、向井清ほか編、文光堂、東京、第4版、504-559、2006.
2) Present DH, Rutgeerts P, Targan S, et al.: Infliximab for the treatment of fistulas in patients with Crohn’s disease. N Engl J Med 340: 1398-1405,1999.
3) 馬場正三:クローン病に対する外科治療、日本外科学会雑誌、第98巻、第4号、424-430、1997.
4) Winslet MC, Allan A, Poxon V, et al.: Faecal diversion for Crohn’s colitis: a model to study the role of the faecal stream in the inflammatory process. Gut 35: 236-242, 1994.
5) Winslet WC, Andrews H, Allan RN, et al.: Fecal diversion in the management of Crohn’s disease of the colon. Dis Colon Rectum 36: 757-762, 1993.
6) Edwards CM, George BD, Jewell DP, et al.: Role of defunctioning stoma in the management of large bowel Crohn’s disease. Br J Surg 87: 1063-1066.
7) Edwards CM, George B, Warren B: Diversion colitis – new light through old window. Histopathology 34: 1-5, 1999.
8)木村一雄ら:新心臓診療プラクティス4 冠動脈疾患を診る1、文光堂、106-107.


online症例集公立甲賀病院CPC症例一覧>この記事